生涯学習音楽指導員

活動事例
【事例紹介】邦楽の未来へ向かって

生涯学習音楽指導員 高知県高知市
(公財)正派邦楽会 大師範 雅楽郁の会主宰 高橋郁子さん
(公財)都山流尺八楽会 大師範 高橋哲也さん

■活動タイトル:邦楽の未来へ向かって
タイトル
1999年から高知県を中心に活動を継続している中の以下の3つの事例をご紹介いたします。

<事例1>文化庁 文化芸術による子供育成総合事業(派遣事業)

■実施年:2005年~現在
■会場:高知県下(香美市、香南市、南国市、高知市、土佐市)の小中高等学校(延べ105校 年平均7校)の音楽室、多目的教室、体育館にて
■対象:小学生、中学生、高校生、保護者及び地域の方が聴衆として参加する場合あり

■活動内容

【1.活動を始めた背景】

2002年(平成14年)の学習指導要領改訂により、音楽の授業の中に和楽器の学習が盛り込まれました。その流れを受け、香美市立大栃中学校・高知県立大栃高等学校が箏を購入しました。しかし地元で箏を教える先生はおらず、箏を納入した販売店の紹介で大栃中学と大栃高校へ行くことになりました。

当初は旧物部村(現香美市物部)予算の「外部講師招聘事業」で実施していましたが、文化庁の学校への芸術家等派遣事業を音楽文化創造主催の生涯学習音楽指導員講習会で知り、大栃中学校の音楽教諭を通じて申請してもらいました。また、当時は大栃高等学校の存廃問題も浮上し中高連携による生徒確保という試みもあり、高校でも箏を教えることになりました。しかし、大栃高校は2010年に惜しまれつつ、閉校となりました。

【2.動機】

  1. 従来の「箏演奏体験」授業では、単に楽器に少しだけ触れる程度の場面を少なからず見かけました。箏を正確に知るには、正しい弾き方を伝えることが必要で、それは日本文化の深い理解につながると思いました。
  2. 和楽器で一曲を仕上げることで、その成功体験が児童・生徒の財産となるため指導に重点をおくことが最も重要です。
  3. 私どもの海外での演奏機会が増える中、現地の方より日本文化について良く質問を受けました。将来、子供たちも同じ様な経験をする事が考えられます。その様な場面で「箏で『さくら』を演奏した」と自信を持って言えることは、子供たちにとって日本人としてのアイデンティティーの確立に役立ちます。

【3.楽器の調達にあたって】

高知県には店舗を持つ和楽器店がありません。1999年、邦楽関係のNPOが立ち上がりました。その団体は、(特非)NPO高知市民会議(高知市役所鷹匠庁舎2F(※1))に加盟し、邦楽の演奏普及のための演奏家の派遣等にあたっています。

その後、中古楽器を購入し整備して貸し出すという楽器のレンタルシステムが構築され開始しました。この団体のおかげで、箏が無い又はすぐには調達できない学校でも、いつでも、どこでも必要面数を準備できる環境が整い、人数を心配する事なく何人でも同時指導ができる様になった事は指導者にとって嬉しい限りです。

【4.具体的な指導内容】

(1)学校の勉強机を使って演奏

箏は伝統的には和室の畳上で正座して演奏します。その「仕草」も含めて和の伝統文化です。しかし、学校という洋風化された建物環境では生徒40人が入れる和室自体がない所がほとんどです。そこで、音楽室等で指導する際には、立奏台が必要となります。派遣指導者や学校の先生のアイディアにより学校で通常使われている学習机で対応しています。児童生徒は立って演奏します。近年、和楽器を使ったバンドでは箏を立って(スタンド立奏(※2))弾くこともよくあります。


(2)教材『さくら』は箏の入門曲

『さくら(※3)』は伝統的な日本の歌曲で日本古謡と表記される場合が多いのですが、実際は江戸時代後期から幕末に子供用の箏の手ほどき曲として作られたものだとされています。1888年(明治21年)に発行された東京音楽学校(現東京藝大)の「箏曲集」にも『さくら』の楽譜が収録されています。

使用した教材は、佐藤義久編曲の『さくら(※4)』です。この作品の優れた点は、
  1. テーマ、変奏1、変奏2で構成され、初心者が必要な奏法を順次習得できること
  2. 箏二部、十七絃パートがあり、演奏会などで使えること
  3. 演奏会では子どもの習熟度にあわせて、テーマのみ3回繰り返す、テーマと変奏1を合計3回繰り返す、テーマ、変奏1,2を演奏する、などバリエーションが豊かであること、等の利点が挙げられます。

『さくら』をある程度学習すると理解の早い子どもは飽きてくる場合もあります。そこで2小節ずらしての「同度のカノン」の二重奏、三重奏の課題を与えました。集中力がさらに必要となるこの課題はユニゾンでの演奏がハーモニックなメロディとなり、特に三重奏で、上手に演奏できた時には、教室に「満開の桜」が咲いた気分が味わえます。この「さくらでカノン」は聖和女子学園のオルガニストでもあるM先生のアイディアです。

(3)視聴覚機器を使った指導での理解の促進

個人レッスンでもそうですが、基本的に右手で演奏する箏の指導では体育などの「鏡体操」ならぬ「鏡演奏」はできません。そのため対面での指導は、児童(生徒)が先生の範奏の指使いを頭で左右変換して自分の指使いにします。
そこで、視聴覚機材に造形の深い安芸市立清水ヶ丘中学校のY先生は、実物投影機やVTR画像を大型モニターに表示しました。この様な工夫をする事により短時間で多様な子どもに箏の奏法を理解させています。

【5.まとめ】

以上は15年間の実践で得た高知県の先生のアイディアのほんの一部です。予算もない、時間もない中で、合理的で正しい演奏指導法をアイディアと工夫で生徒に伝えていく作業はまだまだ続きます。どのジャンルであれ、音楽の先生は、音楽をする仲間です。これからも、音楽の先生のアイディアを活かしつつ音楽教育のお手伝いができればと思っています。この経験やノウハウを高知大学教育学部の未来の先生にも「中等音楽科指導法I」のなかで伝えています。

高知大学でお箏を教えた学生が、高知県の中学校の音楽教員となり子供達にこれらのノウハウを使って箏の演奏法を伝え始め継承されています。その実践でさらなるアイディアが生まれることを期待します。

生涯学習音楽指導員としての活動がさらに多くの学校、教育委員会の担当者に理解され和楽器の普及発展につながればと思う次第です。

※1 http://shiminkaigi.org
※2 http://shikoku-traditional.music.coocan.jp/takahashi-label/T-Label-index.html
※3 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/さくらさくら
※4 大日本家庭音楽会発行 やさしい合奏曲(一) 佐藤義久編曲 に収録


<事例2>児童、生徒、保護者へ邦楽の魅力を ~「伝統文化親子教室」での実践〜

■実施年:2006年~現在
■会場:のいちふれあいセンター、高知市立春野町公民館南ヶ丘分館、日本聖公会高知聖パウロ教会
■対象:小中高生とその保護者

■活動内容

【1.活動の背景】

文化庁の委託事業である伝統文化親子教室事業は、委託事業者となる団体が必要です。そのためにも生涯学習として公民館教室で和楽器の演奏を楽しむグループの育成が欠かせません。さらに文化庁の予算、つまり税金で事業を実施するため、その団体は、任意団体で構わないのですが、年1回の総会と役員が決められ、公正な運営がなされていることが必須となります。

【2.事業内容】

(1)公民館教室の立上げ

1999年に、箏教室の「ほのぼの箏音会」が「のいちふれあいセンター(香南市野市町)」で立ち上がりました。生涯学習団体である公民館教室は、いわゆる邦楽の世界で一般的な「社中」とは違い、講師は公民館教室に雇われます。生徒は定年退職近いか、または定年退職後の年齢の方も多く、ほとんどが初めて箏に触れる人ばかりでした。

基本のマスターは、<事例1>での小中学校への箏指導と同じです。「ほのぼの箏音会」会員は、活動が始まって4年後の2003年にはウィーンコンチェルトハウス(オーストリア)で、2005年にはベネチュアのマリブラン劇場(イタリア)で演奏を行う等、短期間で基本を身に付けたことで貴重な機会を得ることが可能となりました。さらに、2004年には有名ゲストを招いての演奏会も実施できました。

(2)募集活動

この教室事業では最低10人を募集しなければなりません。10人を集めることが地方では難しいのです。人口比で言えば、人口約80万人の高知県で10人の子どもを集めることは人口約1,300万人の東京都で150人以上を集めるのと同じ苦労があります。また学校の授業とは違い、受講生の希望で行う講習なので、その魅力をどのようにアピールするかも苦労するところです。

(3)活動内容

限られた時間で、しっかりとした技術を伝えるには、一人1面の箏で指導する必要があります。親子であれば10名募集で最大20面を必要とします。先に書きましたように<事例1>で紹介したNPO団体からレンタルしてもらうことで乗り切りました。経験6年ともなると「ほのぼの箏音会」会員に小中学生への箏の指導助手をお願いすることができます。また、ボランティアとして指導経験をつむことで会員自身の技術の向上にもつながります。

この事業で育ったNさんは高校卒業後も箏を続け徳島県にある大学の箏曲部部長になりました。さらに、主に徳島県で活動している和楽器ユニット「ほう楽★ガールズ徳島(※5)」のオーディションを受け合格。邦楽の新しい魅力を発信し続けています。そのYouTube動画(※6)です。

立ち上げから15年、会員の高齢化も進み、事務作業もままならないと言うことで「ほのぼの箏音会」を委託事業者とした伝統文化親子教室は残念ながら2018年で終了しました。

(4)現在の活動

現在は2011年から始まった高知市春野町南ヶ丘(旧春野町)の公民館教室「箏あじさい会」そして2019年、高知市南部健康福祉センターで活動している「三弦・箏の会」が本事業を実施しています。

特に2020年はコロナウィルスの影響もあり「箏あじさい会」では、それまで使っていた公民館和室での練習では「密」となるため比較的広い別の施設に場所を移して開催しました。また、「三弦・箏の会」ではキリスト教教会のホールを借り二部制で実施しました。

【3.まとめ】

伝統文化親子教室は、その事業自体がなくなった時期をのぞいては継続しています。毎年思うことは、地方中核都市の高知市であっても、箏の伝統文化親子教室で10名募集という敷居は結構高く、委託事業者となる公民館教室等の会員は子供の募集に苦労しています。

他の伝統文化普及活動と伝統音楽普及活動とを全国一律、同一人数、同一予算とするのではなく、地方の文化の底上げ等も考慮して、経費を弾力的に認めていただければありがたいと思います。

※5 「ほう楽★ガールズ徳島のリンク」https://tokushima-kenbunsai.jp/girls.html
※6 YouTube動画 https://www.youtube.com/watch?v=b-3GQgpxiu4


<事例3>公民館成人学級などでの邦楽普及活動

【1.活動の背景】

邦楽の演奏会の聴衆はと言うと、特に当地では毎回、邦楽関係者とその家族、知人という、お馴染みの顔ぶれが並びます。また、演奏する側も経済的な面を考慮して、一曲を多人数で演奏します。そのため、そのグループをそのまま招致して、小さな施設等で演奏することは不可能に近いのです。

そこで邦楽に馴染みのない人に和楽器の音色を届けるためには小さなユニットでの演奏活動が必要になります。当初は、高橋郁子が主宰する「雅楽郁(うたいく)の会(※7)」に来た依頼を受ける形で「出前コンサート」をしていました。その後、「和楽器奏団『和waraku楽』」(※8)を立ち上げ、「(特非)音の文化振興会」(※9)に所属することで活動の場を広げています。

【2.活動内容】

2021年1月12日、新型コロナウィルス流行の最中ですが厚労省および高知市の指針にそって「コロナ対策」をした上で、高知市の予算で運営される「成人学級」を開催しました。通常は約60人収容の会場ですが、コロナ禍ということもあり、密集を避けるため30人の聴衆に絞っての開催となりました。「成人学級」なので、邦楽や和楽器についての「教養的解説」を含めて90分のレクチャーコンサートを実施しました。

(1)コンサートプログラム

邦楽器の古典名曲、クラシックやジャズ等幅広いジャンルから選曲しました。
1曲目:日本古謡『さくら』箏2面,十七絃、尺八の四重奏
2曲目:八橋検校作曲『八段の調べ』箏二重奏
3曲目:J・S・バッハ作曲『G線上のアリア』尺八と十七絃
4曲目:宮城道雄作曲『春の海』箏・尺八の二重奏
5曲目:尺八古典本曲『山越』尺八独奏
6曲目:ジャズのブルーノート音階を使った現代曲 箏、尺八四重奏

この成人学級の直後に講演を聞いた方から2021年度の「女性学級」での講演の予約が入ったのは嬉しい限りです。

【3.課題】

(1)組織

和楽器奏団「和waraku楽」が所属している「(特非)こうち音の文化振興会(オトブン)」は、「演奏家」と「依頼者」をつなぐ組織です。和楽器を普及する場合、「依頼者」側から見ると洋楽器の演奏に比べ敷居が高いと感じられるようです。

邦楽で一般的な「社中」単位の演奏は数人から十数人の小さな会場では演奏できない場合がほとんどです。それを考えると和楽器でも少人数の合奏団(バンド)での活動が重要となります。そして、当初は、西洋音楽中心の音楽団体だったオトブンに所属させていただいて、邦楽、和楽器の魅力を「音楽好き」に届けることにしました。

(2)演奏機会

邦楽団体に限らず芸能事務所に所属していない「音楽家、芸術家」は、受身的に「仕事=演奏」を待つ場合が多いです。しかし、洋楽器に比べ、需要の少ない邦楽はこのままでは存続すら危うい状態となります。学校での演奏も同じですが、積極的に音楽関係者が営業活動を行うことは、あまり見かけません。電話をかけても断られることのほうが多く心折れる場面ばかりです。しかし、十に一つでも、演奏を聞いていただける機会があれば、その積み重ねが邦楽の生き残りにつながるものと信じて行動しています。ここは伝統音楽の普及促進に関して大きな課題の一つです。

(3)販売店

邦楽を支える和楽器店の閉店も相次いでいます。高知県でも店舗を持つ和楽器店がなくなって久しいです。

(4)演奏の場

かつて「私はホール以外では、演奏をしない」という箏の先生がおられました。今も邦楽の世界ではその様な先生は少なからずおられるように感じています。しかし、現在は、マイクやスピーカーの性能も良くなり、どの様な場所でも演奏ができます。そうであれば、それらを購入してでも可能な限り多くの場所で演奏をせねばならないと思います。

マイクやスピーカーの音は和楽器の音ではないという先生もおられるかとは思いますが、使えるものは何でも使って、邦楽に接する機会のない方にこそ、和楽器の音色を届ける事が重要であると考えています。

【4.新たな挑戦】

コロナ禍の中で音楽シーンは様変わりする可能性が大きいです。コロナ禍が収束し、もとの演奏スタイルに戻ることもあるでしょうが、コロナ禍が提起した「新しい音楽シーン」は後戻りしないと思います。

現在、私どもは(特非)全国邦楽合奏協会(全奏協)(※10)の仲間と遠隔合奏、遠隔レッスンの可能性を研究中です。ヤマハの独自技術を搭載するSYNCROOM(シンクルーム)(※11)は光回線などがあれば音の遅れをほとんど感じさせず遠隔合奏を可能にするアプリです。それを使っての合奏や演奏はマイナーな音楽ジャンルであればあるほど必要性が増します、かつてインターネットが普及する以前、パソコン通信が全国に点在する邦楽仲間を結んだように。

2021年2月6日にSYNCROOMの性能実験をしました。
実験テーマは、
  1. ミキサーを介してオーディオ・インターフェースが機能するか
  2. スピーカーを使ってハウリングをおこさず演奏できるか
  3. SYNCROOMでの遅延はどの程度あるか
  4. どの様な使い方が可能か
その結果、予想以上の良い成果を得ることができました。

これからも、新しい技術に挑戦を続け邦楽のみならず音楽の魅力と可能性を発信したいと考えています。
※7 雅楽郁の会 http://shikoku-traditional.music.coocan.jp/utaiku/utaiku.html
※8 和楽器奏団「和waraku楽」 http://www.otonobunka.com/playermember/waraku/
※9 NPO法人 こうち音の文化振興会(オトブン) http://www.otonobunka.com
※10 (特非)全国邦楽合奏協会(全奏協) http://www.zensokyo.org
※11 SYNCROOMシンクルームのウェブサイト https://syncroom.yamaha.com

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