活動事例

地域音楽 コーディネーター 活動事例

【事例紹介】被災地からはじめよう!「浜通り音楽会」

(2022年03月22日公開)

地域音楽コーディネーター 土木技術者 福島県いわき市 櫻井 裕さん

■活動タイトル:被災地からはじめよう!「浜通り音楽会」
イオンモール
イオンモール
■日時:2017年~現在(年に1回ないしは2回)
■場所:南相馬市「南相馬ファクトリー」、楢葉町「みんなの交流館ならはCANvas」、いわき市「イオンモールいわき小名浜」、いわき市「いわき・ら・ら・ミュウ」
■対象:一般市民

■活動内容

1.活動をはじめたきっかけ

2011年3月日本と世界を揺るがせた東日本大震災、福島第一原子力発電所の事故から1年ほど経った日のこと、当時、職場のあった千葉県柏市内で日課のウォーキングをしていた私は、ある公園に建てられた一枚の工事看板に衝撃を受けました。

その看板には青い字で「除染工事中」と書かれていましたが、それは20年以上も土木工事の監督をしてきた自分が初めて目にする工事でした。SF小説の中にしか存在しないと思っていた放射能の除去が、自分の身近なところで行われていることに私は大きなショックを受けたのです。

そして、土木技術者として現状を看過できないという想いにかられた私は、約1年の準備期間を経て復興庁に入庁し、福島第一原子力発電所から20km圏内にある福島県双葉郡楢葉町に赴任して、復興のお手伝いをさせていただくことになります。

2013年の夏、東京小平市にあるフォルクローレ(*1)楽器専門店で新たに購入したケーナ(*2)2本と、柏市の音楽教室で学んでいたJazzを携えての赴任でありました。

赴任地での音楽とは、まず津波被災地を見下す岬での練習でした。当時の楢葉町は居住制限区域でしたから、仕事が終わる時刻からの人影はまったくありません。照明もなく、海からの風が吹き付ける場所でしたので、乗ってきていた軽自動車を風避けにし、極寒の夜には排気ガスで手を暖めながら、室内灯と楽譜灯を点けて練習を重ねておりました。眼下の海から届く潮騒は、強弱の効いた、まるでバックコーラスのようです。

人が寝泊まりしてはいけない地域で夜間に練習しているわけですから区域を巡回中の警察官からは頻繁に職務質問を受けておりました。彼らもまた、だいたい2週間交代で全国各地の都道府県警から被災地へと応援にきている人たちでした。

最初はかなり警戒して近づいてくる警察官ですが、私が楽器を練習しているということが解ったとたん表情が柔らかくなります。時々、演奏をリクエストされたり、ケーナを吹かせて欲しいと頼まれたりもしました。

時に音楽談義を交えたひと通りの職務質問が終わり、闇の中へ溶けるように消えていくパトカーの赤色灯を見ながら、たとえ静寂が支配していようとも、世界の根底には音楽が流れているという確信を強くしたものでした。

職場である建設課の中にも、腕のいいギタリストとセンスあるDJがおり、交わりを持つことができました。

2年弱を楢葉町で過ごしたのち、私は環境省に入省し、同じ双葉郡内の浪江町の除染工事を担当することになりました。浪江町は帰還困難区域と居住制限区域からなっておりますので、事務所と住居はさらに北の南相馬市にありました。

南相馬市ではご縁があって、目のご不自由な鍼灸師さんにケーナを教えておりました。その鍼灸師さんのお話ですと、地元には音楽仲間もおらず、また演奏を披露する機会も無いとのことでした。ちょうどそのころに柏市で音楽仲間だったベーシストが南相馬市に転居してきていたので、彼と相談し、私が中心となって演奏の機会を創らせていただくこととしました。

鍼灸師さんのケーナ演奏をメインに、楢葉町のギターグループと、いわき市でのJazz仲間、柏市のJazzの仲間に集まってもらい、南相馬市にあったNPO法人南相馬ファクトリーの社屋にて第1回目の「浜通り音楽会」を開催しました。

これが活動の始まりです。2021年の開催で7回目となりました。

*1)フォルクローレ:ラテンアメリカの民族音楽で、サイモン&ガーファンクルがカバした「コンドルは飛んで行く」は有名な曲の一つ
*2)ケーナ:ペルーが発祥で南米諸国に分布する。竹又は木でできた縦笛

2.具体的な活動内容

(1)目的

「浜通り音楽会」の目的は大きく三つあります。

①出演者自身が皆で一緒に音楽を楽しむ

会の始まりは、音楽仲間と演奏機会の無い鍼灸師さんのために、それを創ることでした。この考えは第7回を数えた現在も変わっておらず、会の最後には必ず全員参加のセッションをいたします。

初回時、Jazzが初めての鍼灸師さんのために用意したセッション曲は、デューク・エリントン(*3)の楽曲「C Jam Blues」でした。テーマが C(ド)の音の繰り返しですので、鍼灸師さんを含めた出演者全員で演奏を楽しむことができました。

そしてコロナ禍以降には、この目的がとても大きな意味を持つものとなります。地方のイベントである浜通り音楽会は、密にならない、広い会場を提供することができます。

②地方における音楽の平均価格を下げる

私は土木技術者として東京都や埼玉県といった都市部でも仕事をしてきましたが、都市部にくらべ地方部では音楽の価格が高い、ということを常々感じておりました。

どちらの地域でもだいたい2千円から1万円の代価を支払って視聴する音楽ですが、都市部ではストーリーライブやロビーコンサートなど、廉価もしくは無料の音楽が街にあふれています。このため都市部における音楽の平均価格は低いものと考えられます。

これは単純に音楽人口の差によるものであり、仕方のないことだと思います。しかしながら不特定多数の皆さまに無料で音楽を届ける活動を続け、社会の底をまるで地下水脈のように流れている音楽を掘り起こし、これに親しむ人々が増えることで、やがてはその平均価格を下げていけるのではないか思っています。

特に未来の文化を担う少年少女たちには、良質の音楽を浴びるようにして育っていってほしいと願っています。

③Jazzの楽しさをたくさんの皆さまに解っていただく

私が初めて生のJazzに触れたのは、20代半ばの頃、沖縄県那覇市でのことでした。観光に訪れた先で、何気なく入ったJazzクラブ。そこにたまたま那覇市で上演されていたオペラの出演者の皆さまが来ておられました。

中に、お誕生日を迎えられた方がおられたようで、ピアノトリオの伴奏で”Happy birthday”が歌われました。それは見事な歌声で、初めは発声練習のような感じだったアカペラ(*4)組のアドリブが徐々にヒートアップしていき、ピアノがこれに続くと、やがて大掛かりなセッションになりました。

その熱い演奏を聴きながら、「Jazzとはなんと自由で素敵な音楽なんだろう」と、魂の震える思いをいたしました。そんなJazzの楽しさ、そして何よりも皆が一緒に演奏できることの喜びを、多くの方々に味わってほしいと思っております。

浜通り音楽会では状況の許す限り、オーディエンスの皆さまにシェーカー等を配り、最後のセッションに参加していただくようにしております。

*3)デューク・エリントン:1899年ワシントンDC生まれ ジャズ作・編曲家、ピアニスト、ビックバンドリーダー。楽団のテーマ曲となった「A列車で行こう」は有名
*4)アカペラ:楽器伴奏がない声だけの合唱

(2)出演者

「開催日に開催場所で演奏したいミュージシャン」ということになります。そのほとんどがアマチュアで、初めは私の友人・知人から声をかけ、さらにその友人・知人と広がっていきました。

またドラムセット、キーボード等の楽器、音響機材のレンタルなどでお世話になっている、いわき市の音楽スタジオを拠点とするミュージシャンも多数、出演してくださっております。スタジオのオーナーはギタリストで、私と同じバンドで演奏してくださっています。

出演者の年齢は20歳代から60歳代までと幅広く、楽器はサックス、トランペット、クラリネット、ケーナ、ハーモニカ、キーボード、ドラムス、パーカッション、ベース、ギター、ウクレレ、ヴァイオリン、ヴォーカル、スチールパンと多岐に及びます。

第2回の開催では、私が仕事上で知り合った福島県白河市職員によるブレークダンス・チームも参加してくださいました。

浜通り音楽会の名前のとおり、福島県浜通り地方に在住する出演者が多くいらっしゃしいます。
  1. 楢葉町職員で構成するギター、ヴォーカル、パーカッションのグループ
  2. いわき市の民間会社で放射性廃棄物の中間処理施設への運搬を管理されているギタリスト
  3. 南相馬市在住で電気工の職についているベーシスト、同市を拠点にイラストレーターとして活躍しているヴァイオリニスト
  4. いわき市在住のギタリスト、ベーシスト、ウクレレ奏者、スチールパン奏者、ヴォーカリスト
  5. などなど

他県からは
  1. 千葉県我孫子市で研究者として働いているギタリスト
  2. 柏市の会社経営者(ピアノ)、会社員(ドラムス)
  3. 茨城県笠間市の主婦(アルトサックス)
  4. 日立市の会社員(ドラムス、パーカッション)
  5. 土浦市のエレベータ技術者(クラリネット)
  6. 東京北区赤羽の経営者(ベース)
のような方々がわざわざ福島県まで演奏にきてくださっています。ときおり、いわき市と柏市の両市に拠点を持つサックス奏者、茨城県常陸太田市のピアニストなど、プロの方がご出演くださることもあります。

いずれも、「その日時にその会場で演奏したい方」が出演者となり、1ステージ40分で4組程度のスケジュールとなります。

(3)内容と活動場所

第2回の開催にあたり会場となったのは、最初の赴任地、楢葉町の文化交流施設「みんなの交流館ならはCANvas」です。避難指示の解除後、いわゆる帰町後の2018年にオープンした都会的な建物で、広いオープンスペースがあり、また楽器練習のための防音室も備えられています。 広く快適な空間で音響的にも良好なため、演奏者もたいへん喜んでおりました。

他にはいわき市の観光物産センター「いわき・ら・ら・ミュウ」での開催もありました。レストラン、シーフードストアが多数出店している商業施設で、演奏場所は小名浜港遊覧船の待合室になります。

食事もショッピングもできるため、特に遠方からの出演者は大喜びでした。いずれの施設でも浜通り音楽会の開催を、ホームページや広報誌などで、広く紹介してくださいます。

出演者はJazz系の奏者が多いのですが、ロック、フォークソングの方々もいらっしゃいます。

オーディエンスはおもに出演者のご友人・知人の方、会場の広報を通じて来てくださった一般の方々ですが、会場が「イオンモールいわき小名浜」や「いわき・ら・ら・ミュウ」といった商業施設の場合には、お食事やお買い物に来られた方がふらっと立ち寄り、そのまま聴いていってくださいます。

そのようなこともあり、比較的人手の多い、土曜日や日曜日、祝日の12:00〜15:00くらいの時間帯に開催するようにしています。1グループ40分くらいを目処に、4〜5グループのミュージシャン達が順番に出演します。プログラム中、全員参加のセッションが1〜2回あります。

3.企画から本番まで

はじめての開催が2017年の11月でしたので、その後も毎年10〜11月の開催を目指して企画、準備をしてきました。開催場所につきましては毎年のことですので、会の目的にかなった開催が可能と思われる施設についての情報を常に収集しています。

また時期に関係なく、楽器、機材でお世話になっている、いわき市の音楽スタジオから「〇〇の場所で演奏できるんだけど、開催しませんか?」と声を掛けてくださることもあり、2019年8月にはこうして「イオンモールいわき小名浜」での開催が実現いたしました。

<全体の流れ>

開催が決まると、私はコーディネーターとして次のような働きをします。

①演奏者スケジュールと楽器機材の確保

自分のバンドのメンバーと相談し、自分達が出演できる複数の候補日を決定いたします。前出の音楽スタジオオーナーがメンバーですので、この時点で楽器・機材の確保ができることになります。

会場につきましては、その施設の管理者から開催可能な日時、会場費、設備などを聞き取ったうえで、バンドのメンバーに提案をいたします。

②出演者の募集

日時、場所がだいたい固まった段階で、過去の出演者、友人・知人、音楽スタジオ利用者を中心に出演者を募ります。

ギャランティーの支払いもなく、交通費もありませんが、皆さま、演奏したいという一心で参加してくださいます。知人の知人から出演したいとの打診をうけることもあります。

③広告宣伝

同時に会場側と複数回の交渉をおこない、この過程で施設のウェブサイト(ホームページ)への記載、広報誌への掲載、ポスターの掲示など、広報についても決定していきます。

施設費については、地元の行事であり、かつ無料イベントということですので、免除であったり、格安であったりと大きなご協力をいただいております。

④選曲

演奏曲は基本的に出演する各グループにおまかせします。ジャズのスタンダードナンバーなど、グループ間で曲が被ることもありますが、楽器構成がそれぞれで異なりますので特に調整はいたしません。

全員セッションの曲については私が決定いたします。尺の短い曲でノリが良く、出演者のジャンルによらず皆んなで盛り上がれる曲という観点から選ぶようにしています。

これまで『C Jam Blues』、『Now’s The Time』(*5)、『St. Thomas』(*6)などを選びましたがブレークダンスチームが参加した時には、『Watermelon Man』(*7)で踊ってくださいました。

*5)Now’s The Time:1920年カンサスシティ生まれ「モダンジャズの父」と言われるアルト・サックス奏者チャーリー・パーカーの曲
*6)St. Thomas:1930年ニューヨーク生まれ テナー・サックス奏者ソニー・ロリン曲で、有名なアルバム「サキソフォン・コロッサス」の1曲目にある。
*7)Watermelon Man:1940年シカゴ生まれ ジャズピアニスト、作編曲家ハービー・ハンコックの代表作の一つ。有名なアルバムには「処女航海」がある。

4.課題

今後の課題として、開催資金のことがあります。音楽会の開催にあたりいくばくかの収入があればと思います。

前出のとおり、出演者にはギャランティー、交通費の支払いがなく、逆に会場日、機材費などを少しづつですがご負担いただいている状況です。

大きな収益は望みませんので、オリジナルグッズの開発・販売、寄付を募るなどして、会場費、設備費くらいはまかなえるようにしていきたいと思います。

また今後、会を続けるにあたり必要なこととして、「固定化しない」ということを常に考えていきたい思います。メンバーの固定化、会場の固定化をできるだけ避け、常に新しい人、新しい環境で会を続けるべきと思います。

私たちがいなくなってもなお会が継続し、より多くの場所、地域に音楽を鳴り響かせるためです。

5.今後の抱負

私たちが手がけるイベントの名称は「浜通り音楽会」です。

「浜通り」とは地域の名称で、福島県はその気候、歴史により西から「会津地方」、「中通り地方」、「浜通り地方」と縦に別けられております。「会津地方」は内陸部であり豪雪地帯です。「浜通り地方」は太平洋に面しており、比較的温暖な気候です。「中通り地方」はその中間といったところです。気候と歴史上の成立ちがまったくことなるため、地方同士で対抗意識をもちあう例もみられます。

私は短期間ですが会津若松市で仕事をしていたこともあり、音楽を通じての知人もおります。その知人と一時期、話していたことですが、「浜通り」対「会津」の音楽対決になぞらえたイベントを、「中通り」である郡山市で開催したいといいうのが現在の抱負です。

一度、開催すれば「中通り」の参戦も確実であり、開催場所も県内各地の持ち回りになるかと思います。

そうやって名物イベントになってくれれば、多くの人々が音楽に親しみ、音楽の価格を下げ、Jazzの楽しさを皆さまに解っていただけるのではないかと思っています。

音楽とは世界の共通語だと思います。音楽に満たされ、誰もが音楽に親しみ、音楽を通して解りあえる社会の実現を願っています。




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