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【事例紹介】お箏に魅せられて50年~学校でのボランティア活動~

(2022年04月26日公開)

全国生涯学習音楽指導員協議会 神奈川支部会員 小田原市 生田流箏演奏家 綾部澄子さん

■活動タイトル:お箏に魅せられて50年~学校でのボランティア活動~
演奏風景
演奏風景
■活動開始年:1982年~現在
■場所:平塚市、小田原市 南足柄市等の小学校~高校
■対象:小学生~高校生

■活動内容

1.箏との出会い

「箏」との出会いは、大学時代の邦楽サークルで楽器に触れたのが最初でした。テレビなどで見聞きすることはありましたが、直接触って耳にする音色は優しく柔らかく、ハープのような美しい音色のする楽器だなと思ったのが最初の印象です。

その頃何か楽器を習いたいと思っていましたが、手の小さい私はピアノのオクターブが届かずに悩んでいました。箏を弾いている人をよく見ると「親指・人差し指・中指に爪をはめて演奏している……もしかすると手の小さい私はこの楽器ならばオクターブに届かない悩みは解決できるかもしれない! 今、時間の余裕がある時に挑戦するのもいいか」と早速「邦楽研究会」に入部しました。

経験者から初歩の手ほどきをしてもらいながら、家でも学校でも箏を弾くという時間を過ごしました。また一週間の合宿で朝から晩まで箏に浸りきった過ごし方は、今思い出すと宝物だったような気がします。

指導者のような方がいませんでしたから難易度は関係なく何となく自分の感性に合った楽曲を中心に弾いていたように思います。あの無心の練習は貴重な日々だったと思います。

2.指導者資格取得

大学四年になり卒業を考えた時に、「邦楽研究会」での自分勝手な演奏に不安を感じ、師について色々学びたいという気持ちが芽生え、生田流(*1)の師に指導を受けることになりました。

しかし、卒業して教師になり毎日多忙な日々を過ごしている中で、箏とは無縁の生活になってしまいました。そのような時、師から演奏会への参加依頼が届きました。久しぶりに演奏して「やはり楽しい」と感じ、気分転換にお稽古を再開してみようと思いました。時間を作るのが大変でしたが今思えば「若さ」が解決したように思います。

趣味で習っていた箏ですが友人等から「箏を弾いてみたい」「箏を教えてもらいたい」という声を聞きました。そこで指導者としての資格が必要と思うようになり、現在所属している会の指導者としての資格を取得するために勉強を始めました。

その時初めて邦楽の歴史の深さや多様な曲などを知り、驚きと受験生活の日々を過ごしました。いかに学生時代から好き勝手に弾いていたかと恥ずかしくなり、箏の資格試験が終了後、主として地歌(*2)を中心に基本の勉強をすることにしました。
*1)生田流:近代箏曲の基礎を作りあげた八橋検校の門下の北島検校から遺志を継いだ生田検校(1656~1715年)が確立した流派の一つ。後に「春の海」で有名な宮城道雄が現れる。
*2)地歌:江戸時代に京阪地域で盛んに演奏された三味線音楽

3.小学校での邦楽授業(幼稚園)1982年~

教師としての経験を積みながら、箏の勉強を続けているうちに「箏が弾ける先生」として呼ばれるようになりました。PTAの成人教育の演奏や六年生の「日本の音楽」の特別授業として自分の学校や近隣の学校などで依頼があると演奏と授業を行いました。

旧指導要領の邦楽の位置づけは、世界の音楽の中での「日本の音楽」としての箏・尺八・三弦(三味線)の紹介でした。六年生は歴史の学習をしていたので歴史の話と関連して演奏を中心とした授業にし、残りの時間を体験の時間としました。

授業は行事が大体終わった12月から1月の卒業前のほっとした時なので熱心に真剣に聞いたり体験したりと良い顔で授業を受けてくれたことが思い出されます。

2002年指導要領の改編で「日本の音楽」は5年生から始めることに変わりました。(現在は4年生と聞いていますが体験していませんのではっきりしたことは分かりません。)以前の6年生の内容で5年生へ授業を行った際に子どもたちの顔は理解ができない表情をしました。

これは歴史学習のレベル差が影響していると感じ「『さくらさくら』をひきましょう」「ソロで発表してみましょうか」と箏を触って楽しむ体験型スタイルへ変えていきました。子どもたちは皆弾けるようになり、喜びの表情を見せてくれました。

日本の伝統音楽は、自然と体の中に流れているのだろうと思いました。この時の経験で学校教育全体のカリキュラムの大切さを感じました。 →小学校資料PDF

4.中学校・高校での邦楽授業2010年~

(1)中学校にて

中学校から箏の体験学習としての音楽授業を依頼され、新しい挑戦となりました。その当時の教科書や指導書を研究して、できるだけ指導のねらいに沿うように授業案を組み立てました。

与えられた時間は2時間でしたので、1時間目は基本、2時間目は応用というようにしましたが、中学生の実態がよく分からず初めのうちは欲張り過ぎて生徒がついていけず、音楽担当の先生から「難しい」と言われてしまったこともありました。

その年の反省を生かしながら翌年、指導の工夫をしていきました。初年度は中学校の音楽担当の先生の依頼により、1時間目は7月の期末テスト終了後で、2時間目は夏休み明けの9月でした。しかし、間があくと子ども達が忘れてしまうといことで、次年度は学校行事を調整して二日間続けての授業となり指導しやすくなりました。
→中学校資料PDF

<指導にあたって>

小学校では時間も限られていたので体験は爪をつけずに指を使ったピチカート奏法で行いましたが、中学校・高校は自分の指のサイズに合った爪を選ぶことから始めました。(親指のみ)

私は生田流ですから角爪(*3)を有効に使う座り方や箏への座り方(椅子使用)などを指導しながら1時間目に全員が『さくら』を弾くことができるように授業を行いました。

箏は「押手」(*4)の技法が大切で「押手」ができることが曲への広がりにもなるので押手の無い易しい『さくら』と難しい押手がある『さくら』の2曲を頑張って学習してもらいました。

一音の押手は難しいので「友達に手伝ってもらって仲良くね」「半音の押手はできるようにしましょう」と伝えました。半音の押手で左手を使うことで左手の大切さを分かってもらいました。

全ての音がある88鍵のピアノと違い13本の弦の中で弾かなければいけない音の限界と、音を作るということの箏という楽器を身体で理解してもらえたと思います。

翌日の2時間目は調弦を基本の平調子(ミファラシド)から洋楽の応用ができる(レミソラシ)に変えておきました。箏の前に座った子どもたちは『さくら』が弾けないことに驚きましたが、今日の課題として「箏を楽しむ」ということで半音を使って『キラキラ星』を弾き、学校で習う曲が弾けることを感じてもらいました。

『キラキラ星』ができたことから『かえるの合唱』を弾き、列ごとにパートを決めて輪奏を楽しみ体験は終了とし、音楽の教科書にある『六段の調』(*5)で使われている左手を使った弦の余韻を感じることを実際に弾きながら紹介して授業は終わります。

音楽の授業でCDを使って『六段の調』を学習することでしょうが、実際に目で見た所作は音と一緒にきっと思い出してくれると思います。

しかし最後に教室を去る時に『さくら』を弾くことにこだわる生徒が何人かいたことに基本の『さくら』は子どもの心に残っているのだとその感性に驚きました。

*3)角爪:山田流は丸爪を使用する。演奏する際の構え方も流派によって違い、生田流は斜めに、山田流は正面に構える。
*4)押手:左手で弦を押さえて半音、全音上げ下げする手法。
*5)六段の調:段物と呼ばれる箏の代表曲の一つ。八橋検校作と伝えられている。

〇平調子から民謡音階への転調について
少々専門的になりますが、箏の事を知っていただきたくご説明いたします。上記にある五線をご覧ください。
  1. 箏は西洋音階(ドレミファソラシド)とは違った音階を扱います。
  2. 基本の音階は平調子―都節音階と呼び5つの音(ソラ♭シレ♭ミ)で構成された音階です。(五線に書かれている音階―白い音符と黒い音符両方を含む)
  3. この平調子の四、六、九,斗(黒い音符)を箏柱(*6)を扱って右に移動すると半音高くなり、民謡音階になります。
  4. 実際の演奏では曲の中で箏柱の転調の他に「押手」による転調もかなりの頻度であります。
*6)箏柱:箏の胴体に立てて13本の絃を支える柱の事で,位置を変えることにより音の高さを変える事ができる。

(2)高校にて

高校では中学校での二日にわたっての2時間の授業を一日で2時間続き(途中休憩をはさむ)で一気にしてしまいます。高校生は小学校で経験した子どもは理解が早く簡単な『さくら』の合奏もできてしまうことから、小学校・中学校などで段階的に経験することが大切であることも分かりました。
→高等学校資料PDF

<指導にあたって>

『さくら』の平調子(ミファラシド)から(レミソラシ)への転調の学習として4つの弦を半音動かすことを自分たちで行ってもらいます。ピアノは鍵盤上で簡単に転調できますが、箏は箏柱を動かすことによって転調が行われることを理解してもらう事も試みました。

音楽の先生の依頼により、教科書にも掲載されている「三弦」(三味線)の楽器について説明と弾き方や音色を紹介しました。生徒達は三弦の寂びた弦の響きに箏以上に真剣に聞く姿や手元を食い入るように見つめ、関心を持つ様子に驚きました。高校生の感性に響くものがあったのでしょうか。

(3)楽器の準備

体験重視の中学校・高校の授業では、一面(箏は面と数える)に二人使うこととして「今年は一学級何人が最大人数ですか?」と確認して36人だとしたら18面必要となります。私の練習用箏と仲間の箏を集めて箏の用意を考えることが不可欠な作業となります。

箏は調弦含め弾ける状態にするまでにかなりの作業が必要です。また片付けも準備と同じ作業を行いピアノの様に蓋を閉めたら終わりというわけにはいきません。このように箏の演奏を始めるには準備が大変であることを分かる人は経験した人以外、たぶんいないでしょう。

5.病院・老人施設等のボランティア活動

病院のボランティア活動をしているリーダーから「入院患者さんに邦楽の演奏を聞かせたい」と依頼がきて、演奏を中心に活動をしました。

ピアノや合唱・フルートなど様々なジャンルを毎月行っているということでした。せっかくなので十七弦(*7)や尺八の紹介をしたり、フルートとのジョイントをしたりなどミニ演奏会の形式にしました。

患者さんの負担を考えて30分以内ということでプログラミングをしました。季節の歌や流行している歌なども入れましたが『春の海』を最初に演奏し、最後に『ふるさと』を歌いながら終えることは毎回同じでした。大きな声で歌って下さった患者さんの姿(特にお年寄り)が思い出されます。7月の七夕の頃に順番がきた時には、季節に合わせて浴衣で演奏をしようと演奏スタイルも工夫をしました。

病院ということを考えて良い演奏と同時に楽しさや明るさを大事にしました。老人施設はできるだけ皆さんと声を出して歌える曲を中心にプログラミングをしました。

*7)十七弦:宮城道雄が考案した楽器。17本の絃が有り、低音部を受け持つ。箏は13本。

6.課題と感謝

100年に一度のパンデミックのコロナ禍において、人との接触が思うようにできない状況の中でのボランティア活動は全くできません。

箏爪を色々な子どもがさわる。箏を色々な子どもがさわる。尺八は息をはく。距離をとってお互いに座ると狭い教室のスペースでは難しい。行政とタイアップしている方は活動されさているようですが、ボランティア活動には限界があり不可能で、依頼があってもお断りをしています。

高等学校の邦楽授業は、担当の音楽の先生のご努力により文科省の人材派遣授業の一環として講師謝礼をいただくことができましたことを付記いたします。

多岐にわたり様々な活動をしてきましたが、どれも楽しい思い出ばかりで演奏会とは違った様々な経験をすることができました。支えて下さった師・先輩・友人・職場の仲間・裏方としてお手伝いをして下さった方々・そして共に演奏した楽友などなど……多くの方々に感謝の50年余です。

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