活動事例

地域音楽 コーディネーター 活動事例

【事例紹介】聴衆、演奏者、音楽空間との一体感を求めて

地域音楽コーディネーター ピアニスト 翻訳家
東京都 茂木彩さん

■活動テーマ:「聴衆、演奏者、音楽空間との一体感を求めて」
「聴衆、演奏者、音楽空間との一体感を求めて」
「聴衆、演奏者、音楽空間との一体感を求めて」
■活動開始時期:2010年~現在に至る
■場所:ピーエス株式会社/PSi(ピーエスインフォメーションセンター)東京サロン/PS IDIC(岩手)/三笠ハウス(軽井沢)/PS オランジュリ(熊本)
■対象:一般

■活動内容

1.きっかけ

2009年フランスでの音楽留学を終えて帰国した時期に、ピーエス株式会社(以下ピーエスと記載。温度と湿度の専門企業で、主にラジエーターや加湿器の製造販売を行っている。https://ps-group.co.jp)が海外の雑誌や専門誌の翻訳スタッフを募集しており、お世話になったのがきっかけです。

私は演奏活動の傍ら、そこでフランス語翻訳の仕事をしておりました。ピーエスは音楽のある環境についても幅広い見識を持っている会社で、室内を第二の自然と捉えてデザインし、一般住宅、医療施設、大学などの教育機関のほか、楽器庫や音楽ホールにも採用されている事を知り、演奏家として共感するところが多くありました。

翻訳以外にさまざまな室内気候探求のレポートを書かせていただき、音楽を巡る会話に参加するうちに、会社のオフィス件ショールームで顧客との交流会を兼ねてコンサート企画の依頼を受けました。

楽器における温度、湿度の重要性とその価値を、演奏とのコラボレーションによって伝えて行く、そして演奏家自身にとっても自分を取り巻く音楽環境や、音楽を形作っている自然や気候風土について探求していく時間になればと思い、コンサートシリーズがスタートしました。

2.具体的な内容

レクチャーサロンコンサート

(1)内容

2010年の3月に始まったこの企画は「レクチャーサロンコンサート」と名付け、月に1、2回のペースで開催しています。コンサート(約90分)は全て無料、聴衆は地元の小さい子どもから年齢を重ねた方、研究者、大学関係者、時には外国籍の方まで幅広い層の方にお越しいただき50名程集まる事もあります。

(近年ではコロナ対策から、演奏時間の短縮やお客様の人数を限定しております)

最初はソプラノの小泉英恵さんとのデュオで、後にテノールの方を交えて、フランス・ドイツ歌曲、ピアノソロの名曲を入れつつ、ミュージカル『オペラ座の怪人』(アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲)や『ウエスト・サイド・ストーリー』(レナード・バーンスタイン作曲)、オペラ『夕鶴』(團伊玖磨作曲)、『ポーギーとベス』(ガーシュイン作曲)なども演奏するようになりました。

聴衆には好評で今も継続しています。また弦楽器、管楽器の演奏家にもゲストとして出演していただき、デュオやトリオなどでコンサート毎にテーマを持ったプログラムを企画することは、大変やりがいがありました。各コンサートテーマの一部をご紹介します。
  • 「歌とピアノで綴るフランスと日本」
  • 「印象派とフランスオペラ」
  • 「ミュージカル・オペレッタへの招待」
  • 「歌で世界一周」
  • 「ヴァイオリン&ピアノ名曲集」
  • 「ピアノ・トリオの午後」
  • 「クラシックからタンゴまで」など

(2)会場

始めは東京本社のショールームで開催していましたが、その後、軽井沢、岩手八幡平、熊本のインフォメーションセンターでもコンサートを行うようになりました。

岩手八幡平のPS IDICは森に囲まれたサスティナブルな建物で、中にはプラントベッドと呼ばれる4つの大陸の植物が生い茂る空間がデザインされており、緑豊かで天井も高く非常に豊かな音響が望め、思いがけず素晴らしい音楽空間だと感じました。熊本のPS オランジュリは吹き抜けの広大なスペースに、音がまろやかに響きわたる贅沢な空間です。


特に夏の暑い時に涼やかさの中で聴く音楽、逆に真冬の岩手で外の気温はマイナスなのに、室内では植物が生き生きと茂る暖かさを体感しながら演奏を楽しんでいただく企画は、聴衆にとって嬉しい驚きがあるようで、毎回発見に満ちた時間を過ごすことができました。

A.鳥の声と共に
印象に残っているコンサートとしては、2017年7月岩手八幡平で開催された「IDIC夏のコンサート」があります。この時はフルーティストの磐井桃子さんと、フランスの作曲家の作品などを取り上げ、プログラム内にはそのほかに吉松隆作曲『デジタルバード組曲』より『さえずり機械』『真昼の鳥』という作品もありました。

この曲は非常に技巧的、かつフルートの魅力がたくさん詰まった作品ですが、現代音楽でもあり、いわゆるよく知られた旋律の出てくる作風ではありません。一般の方々には、初めは馴染みにくいかもしれないという懸念はありました。

しかし、PS IDICのピアノのある空間は内部の植物だけでなく、ガラス張りで外の緑を望む開放的な場所でもあり、そこから実際に鳥の声が聴こえるのです。楽器の音と自然の音、そのコラボレーションこそ「自然+音楽」の実現であると考えました。

当日は、鳥の声を模したフルートの音色に外で鳴きかわす鳥たちのさえずりが加わり、さながら一つの楽曲を一緒に演奏しているかのようで、お客様から大変ご好評をいただきました。

「大きなガラスから見える外の様子は演奏を彩る背景となり、時折聴こえる蝉や鳥の鳴き声は、曲の一部として夏らしい演出をしてくれたかのようでした。まさに自然と季節を感じるコンサートという感じで、とても貴重な体験をさせていただきました」

とは、磐井桃子さん談。幾度かご一緒させていただいている磐井さんとの一つの挑戦でもあり、聴衆と一緒に音楽と鳥の世界を旅したかのような、心地よい時間でした。


B.他ジャンルのアーティストとのコラボレーション
楽器奏者だけではなく、コンテンポラリーダンサーで振付家でもあるモテギミユさんと共に、ピアノと即興ダンスの舞台にも挑戦いたしました。

これは熊本のPSオランジュリで今年3月に開催した、「湿度を聴く、湿度を見る」という催しです。「湿度を聴く、湿度を見る」とは、なかなか不思議なタイトルに感じられるかもしれません。

このPSオランジュリは100年前の銀行をリノベーションした建物で、外観はどっしりとした石造り、内部は非常に近代的、かつ開放的な空間が広がっており、アートを体感するには最適な場所でもあるのです。

デザインされた室内気候でちょうど良い温湿度が保たれる中、普段目にすることのできない「湿度」というものを、音楽とダンサーの身体を通して、お客様に感じていただこうという試みでした。

特に楽器全般は非常に湿度の影響を受けるものです。ヨーロッパと日本では気候の違いで楽器の響きが全く変わるように、私たちは日頃から、その土地の気候風土の影響を受けた音楽を無意識に聴いています。潤んだ音、乾いた音、その時々で呼吸する音とでもいえるでしょうか。そう考えると、音楽とは過去から現在に続くあらゆる事象の層を重ねて、私たちの耳に届くものなのだとあらためて意識せずにはいられません。

当日は演奏とダンサーとのコラボレーションを通し、新しい面白さを提供できたのではないかと感じています。特に無音の空間で、モテギさんの呼吸、衣擦れの音のみが響く中で雄弁な身体表現により形作られるコンテンポラリーダンスの世界は、目の離せない緊張感に満ちた時間でした。「湿度」という一つのコンセプトによって、一体感のある舞台が実現できたのではないかと思います。







(3)コンサート企画にあたってのポイント

ⅰ.テーマを設定
ピーエスの室内気候で聴くコンサートは、「自然」が一つの大きなテーマとなるため、季節、あるいは自然に関係するプログラムを多く取り入れたり、作曲家の育った国や地域の気候風土を紹介する時間を設けています。同時に、曲の背景や作曲家本人のエピソードなどにも触れ、より具体的に演奏を楽しんでいただけるように心がけています。

ⅱ.作品が生まれた気候・自然との関係
自然に由来する作品を多く書いているドビュッシーは、コンサートで取り上げることが多い作曲家です。風のそよぎ、光の濃淡、水面の反射など、彼の音楽の中にあふれる自然の情景は、自然そのものがドビュッシーの耳を介して、音世界として映しとられたような風情があります。例えば有名な『月の光』(ベルガマスク組曲の第3曲目)や『映像第1集、第2集』『版画』などのピアノ作品について説明するほか、作曲家の生まれたフランスの気候や自然について紹介します。

ⅲ.作曲家の生い立ちや逸話の紹介
ショパンの作品を取り上げたプログラムであれば、ポーランドの民族的な旋律や彼の生い立ち、バッハやベートーヴェンの時には、今に残る人間的な逸話や、彼らの音楽にあるドイツ的な要素など。この様に作曲家の話に加え、ピアノや弦楽器、管楽器の紹介に至るまで一つのプログラムをきっかけに、関連したテーマが次々と出てくるものです。

これが「レクチャーサロンコンサート」の特色であり、聴衆からは事前に知らなかった曲でもMCの話を聞いて作品や作曲家に対する知識を得る事により興味を持ち、演奏をさらに楽しめるという声を多くいただくようになりました。演奏者も聴衆も、作品に対していろいろな切り口からあらためて向き合う結果となり、思いがけず深い対話に発展したりと、演奏後の交流にも良い影響があったように思います。





3.その他の活動

上記以外にソロリサイタルや室内楽シリーズ、学校訪問コンサートもおこなってきました。一方で地域の方々にもっと気軽に音楽のある時間を過ごしていただきたいという思いのもと、チェリストの菊川真氏の提案により、地元府中市の音楽カフェでの「otocafe」という企画に出演しています。

チケットはなく、任意の寄附制によって1時間ほどのコンサートを行うもので、毎回ご好評をいただいています。特にふらりと立ち寄られた方が、思いがけずクラシックの曲を聴いて興味を持たれ、次回も足を運んでくださったりと、新たな聴衆になられた時には喜びもひとしおです。

今後もさまざまなピアニストや弦楽器奏者の出演もあるこの企画が、もっと地域の方々に周知され定期的に開催されていくことを願ってやみません。


4.課題

一般的に演奏会を実施するには幾つかの課題がありますが、代表的なものは集客とプログラム構成です。
  1. 演奏家の演奏したい曲と聴衆の聴きたい曲が一致しない
  2. 良いプログラムなのに、広報宣伝が上手くいかず人が集まらない
  3. アカデミックな内容であるが故に、一般の方から背を向けられてしまう
クラシック音楽の畑を耕し、子供たちを始めとする新しい聴衆へ種を蒔くためには、演奏家、そして音楽業界を支えるネットワークの構築について、私たちはもっと考え改革していかなければならないと感じています。そして選曲については既知曲ばかりに頼るのではなく、新しい曲でお客様を惹きつける工夫をする必要があります。

5.抱負

音楽文化を広い視野で捉えると、それを取り巻くさまざまなテーマが存在することにあらためて気付くことができます。それは時には絵画やダンスなどの他分野の芸術、文化を育む気候風土そのもの、人々の気質であったりするのかもしれません。

これらは音楽や演奏そのものに、また演奏家と聴衆に思いがけない力を与えてくれ、「音楽のある豊かな時間」の共有と普及に貢献できるのではないかと感じるのです。

今回ピアニストとして、また地域音楽コーディネーターとして地域での音楽普及活動を活性化していくために、私自身が貢献できることは何かと考える機会を与えていただきました。そのためには、より地域の音楽団体(オーケストラや合唱団、吹奏楽団)とのネットワーク作りに係わり、子供たちや地域住民に気軽に聴いていただける機会を増やすことの重要性を、このところ特に考えるようになりました。

それが新しい聴衆の獲得と、クラシック音楽が決して難解なだけのものでなく人生を豊かにする文化の一つであること、いうなれば人類共通の財産であることを、少しでも多くの人々と分かち合うきっかけになるのではないかと願うからです。


(2023年1月30日公開)


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