活動事例

新しい方角(邦楽) 活動事例

異文化交流

(2022年04月22日公開)

<新しい方角(邦楽:日本の伝統音楽)>

地域音楽コーディネータ― ヴァイオリニスト 東京 尾崎羽奈さん

■活動タイトル:異文化交流

目次

集合写真
集合写真
■活動開始年:2004年~現在
■場所:東京藝術大学美術館、旧岩崎邸庭園、横浜市山手西洋館エリスマン邸、イギリス館、パラミタ・ミュージアム(三重県)、文京区立千駄木幼稚園、自由学園明日館講堂
■対象:一般

■活動内容

1.邦楽器と洋楽器の協演のきっかけ

きっかけとなったのは2004年東京藝術大学大学院音楽学部在籍中に履修した授業「コンサート企画」でした。担当の先生は音楽学者でしたが、コンサート運営の実績があり、また美術学部の教授ともコネクションを持ち人脈も非常に幅広い方でした。 その関連か初回の授業の第一声は「今年は大学美術館でのミュージアムコンサートを開催することがテーマです」という言葉でした。期待がさらに高まったのをよく覚えています。

大学美術館は毎年、美術学部各科が持ち回りで企画展を開催することになっており、その年は版画科が担当でした。先生は版画科の教授とも親交があったため、先方から「ぜひ貴方の学生達でミュージアムコンサートを開催して欲しい」とオファーを受けたのです。

展覧会のテーマは「東西交流」。学生達はそれぞれにアイデアを持ち寄り、コンサート企画案を提案します。私は真っ先に箏とヴァイオリンのデュオで有名な『春の海』(宮城道雄作曲 ルネ・シュメ―編曲)が頭に浮かびました。 正にテーマにぴったりと賛同を得て、箏の学生は先生から紹介していただき演奏の機会を得ました。これが私たちの箏(邦楽器)とヴァイオリン(洋楽器)デュオの始まりです。

最初に箏の先生のところへレッスンに伺った際、学生達が先生に三つ指ついて挨拶をするのに驚き、礼儀作法を大切にしている事を知りました。またレッスン内ではクラシックと邦楽の音程の取り方の差が興味深いと感じました。

具体的には合わせる際「あなたのミ(E音)とシ(H音)が低すぎる」という指摘を受けました。E音とH音は普段のヴァイオリンのレッスンでは上ずると指摘を受ける事が多かったのですが、お手本として箏の先生が示された二つの音は想像していた以上に高かったのです。


2.カルテットの誕生

選曲にあたっては、箏とヴァイオリンのデュオの経験が役立ちました。箏は13絃しかないため、音域と奏でる音に制限があります。また、これは他の撥弦楽器(ギターやハープ)とのアンサンブルと同様ですが、ヴァイオリンは弓奏楽器であるため音の密度が高く、撥弦楽器である箏は音量の点で不利になってしまいます。ハープはフルートと、箏は尺八となどの編成が多くの作品で扱われているのも、そのような理由によるところが大きいのでしょう。

ヴァイオリンと箏のアンサンブルの弱点を補完するためにもピアノと尺八奏者を入れ、2008年カルテット「INVITE」が誕生しました。

団体名の「INVITE」は色々な音楽分野の演奏家をお招きして(invite)新しい音楽の形を探すという意味があります。邦楽とクラシック音楽のコラボレーションにこだわることはなく、さまざまなジャンルのコラボレーションを取り入れながら活動していきたいと考えています。


3.任意団体設立

2019年、横浜市山手西洋館にあるイギリス館で開催したコンサートでは、まとまった収益を得る事ができました。この経験を上手く活かし、音楽仲間たちと演奏活動をさらに広げていきたいと考えました。

既に8年間程、或る認定NPO法人の運営に関わっていたこともあり、NPO法人と任意団体の設立には知識がありました。しかしNPO法人にするほどの寄附者のあてはなく、また運営事務にも多くの資金を割けないので、まずは小さく始めようと任意団体の設立を選択しました。

任意団体において議案を決議する際には、ある程度の人数が必要なのでメンバーを増やすことにしました。洋楽と邦楽が一緒に弾くうえで、良いパフォーマンスを引き出すためには、選曲やコンサート運営について充分にすり合わせる必要があります。 そのため、それぞれ同数になるようにピアニストと尺八奏者を増やし賛同を得て設立に至りました。


4.具体的な演奏活動

(1)箏とヴァイオリン

『春の海』をスタートとして、最初は有名なクラシック音楽の小品をアレンジして演奏していました。邦楽の作品をヴァイオリンで演奏することにもチャレンジをし、『瀬音』(宮城道雄作曲)の十七絃(*)パートをヴァイオリンで弾いてみたりもしました。

邦楽はシンプルな響きの中に精神性を込め、一方クラシック音楽はいわゆる音楽の三要素(メロディー、リズム、ハーモニー)を最大限に活かして演奏効果をあげていくので、正反対の性質を持ちます。

クラシック音楽を演奏する際は箏が超絶技巧になりすぎず活きるように、邦楽を演奏する際はヴァイオリンの駆動性を活かせる作品を選び、アルペジオなどで色付けをするなどの工夫もしていました。バロックの超絶技巧曲は両方の楽器にあう調性を考えて選べば、この編成には相性が良いようにも思います。

お客様からは「お箏とヴァイオリンのアンサンブルは意外と合いますね!」と言っていただくことが多かった様に思います。 YouTube にアップしていて、エルガー作曲の『愛のあいさつ』は再生回数2万回、『春の海』は1万回達成しています。

*)十七絃:箏曲家の宮城道雄が考案した17本の絃が有る低音楽器

愛のあいさつ


春の海 https://youtu.be/N_Svj98vjds

<主なレパートリー> 春の海(宮城道雄)、愛のあいさつ(エルガー)、ゴルトベルグ変奏曲・抜粋(J.S.バッハ)、瀬音(宮城道雄)、月の光(ドビュッシー)、六段の調(八橋検校)、悪魔のトリル(タルティーニ)、Let it go(アナと雪の女王より)、 さんぽ(トトロより)、童謡(滝廉太郎の花など)、舟唄(演歌)など

(2)箏、尺八、ヴァイオリン、ピアノ

今まで箏とヴァイオリンのデュオのコンサートでは編曲作品を演奏して来ましたが、やはり「オリジナルの魅力には敵わない」というのが実感でした。よってカルテットでのコンサートではオリジナル作品をメインとしました。 箏と尺八、ヴァイオリンとピアノは王道の組み合わせですので、選曲には困りません。デュオだった時はお互いに無伴奏の作品を含めなければならなかったので、選曲の幅が格段に広がりました。

4人で演奏する場合は、パートが増えることにより響きが充実したことで、演奏が楽になりました。しかし12月のコンサートでは箏奏者は十七絃という楽器で低音パートを演奏したので、十七絃特有の響きの残り方が他の楽器の響きに干渉してしまい、 音を減らさなければならない状況になり、和楽器と洋楽器のコラボレーションの勉強の一つとなりました。

立ち位置も邦楽とクラシックでは違うので、その点でのすり合わせも必要となりました。お客様からは「違和感なく楽しめた」、「邦楽だけを聴きに行くのはかなりハードルが高いので、この演奏会を通して身近に本格的な作品も聴けて興味深かった」、 「邦楽器の存在感の強さに驚いた」などの感想が寄せられました。

<レパートリー>
音楽の捧げものより「無限のカノン」(J.S.バッハ)
東への憧憬、魅惑の西_プログラム(PDF)

5.邦楽の素晴らしさ

邦楽に関しては、その本質を守り続けるべきと私は考えています。この伝統芸能には大多数の現代の日本人が忘れてしまった奥ゆかしい精神が生きています。

明治以降のめまぐるしい西洋化と、ここ数十年の効率化の流れに迎合せず守られてきた文化が存在し、 音楽だけでなく、厳しい鍛錬を経た邦楽奏者の方々はその所作ひとつひとつが美しく、凛とした佇まいに圧倒されることもしばしばです。それが逆に邦楽を近寄りがたい一因ともいえますが、邦楽を取り巻くひとつひとつの日常が失われた時、 それは日本人のルーツがひとつ失われるといっても過言ではないでしょう。

最近では「古文など学ぶよりプログラミングを学んだほうがよほど良い」と発言する実業家もいるようです。しかし、実用的なものはいずれ機械やAIといったものに取って代わり、未来の人間はよりクリエイティブなもの、文化的なもののみを仕事にするようになる、とも聞きます。

例えば、10年ほど前に登場し世界を一気に変えた iPhone という製品があります。機能や性能の面では既に日本でもそれを凌ぐものが発売されていたにも関わらず、iPhone 登場以後はすっかりスマートフォンに塗り替えられてしまいました。 iPhone 機体のデザインの秀逸さもそうですが、使用されている字体への深い知識とこだわりによるハイセンスさがその勝因のひとつとも言われます。伝統的で一見非効率な、古臭い文化が新しい技術と結びつくことで大きな価値を生んだ一例といえます。 邦楽にもそのように、古いからこそ新しい時代に求められる価値があるはずです。


6.邦楽の課題

現在、さまざまな要因で邦楽市場は小さくなってきていると感じます。そこには私が考えるに次の3点の課題があるのではないでしょうか。
  1. 厳格な師弟関係
  2. 幼児教育の場が広く開かれていない
  3. アマチュアの市場が小さい

1)厳格な上下関係

ここについては今後、世代交代によって少しずつ変わっていくものと思います。

2)幼児教育の場が広く開かれていない

例えばピアノは3歳児から始めることができる大手の音楽教室や町中に個人のピアノ教室が溢れています。子どもも大人も始めようと思えばいつでも始められる環境にあることが日本のピアノ人口を増やし昨年のショパンコンクールの盛り上がりにも繋がったのだろうと思います。

一方、ピアノもヴァイオリンも決して簡単な楽器ではありません。楽しめる程度まで習得するには個々の適性の他、反復練習が必要です。子どもの場合は特に保護者の理解と手助けが必要になります。音も大きいので防音などの問題も出てきます。

ピアノやヴァイオリンに挫折してしまった子どもが、箏を始め、楽しくお稽古しているという話も聞きました。箏は13絃のみの世界の中で究極にシンプルな美を追求する楽器であるので、門戸さえ大きく開かれれば、愛好家がもっと増えるのではないかと思います。

3)アマチュアの市場が小さい

日本には500ものアマチュアオーケストラが存在するそうです。戦後長きにわたる部活動での吹奏楽、大学オーケストラ、バンドなどのアマチュア活動の成果がここに現れて、クラシック音楽は日本で生き続けているのだろうと思います。 大手の音楽教室などの「大人の音楽教室」もアマチュア愛好家の普及拡大に貢献したと思います。


7.邦楽の発展のために

今、邦楽の普及発展のためには、新しいファンを地道に増やしていくことだろうと思います。歌舞伎や文楽で行われているような初心者向けのコンサートの開催や YouTube などの配信サービスを使った面白いコンテンツ作り、 また我がグループ「INVITE」が行っている比較的親和性が高いと思われるクラシック音楽とのコラボレーションの中で邦楽の魅力を伝えていく活動を地道に展開していきたいと考えています。

■演奏活動の歩み

2004年
「HANGA 東西交流の波」展(東京藝術大学美術館・東京)サタデーコンサート(大学の授業の一環として)

2007年
11月5日
「平成20年度心書道会総会 特別企画 和と洋の響き(箏、ヴァイオリン、声楽によるコラボレーション)」(レンブラントホテル本厚木)

2008年
9月20日(土)
旧岩崎邸庭園 午後のミニコンサート(旧岩崎邸庭園・東京)
この頃から千駄木幼稚園、大島幼稚園などいくつかの都内の公立幼稚園からクリスマスコサートなどの出演依頼を受けるようになる。
「春夏秋冬サロン・コンサート八十八夜」(ますおか亭・東京)
「INVITE」というユニット名を使って活動を始める。

2009年
「春夏秋冬サロン・コンサート冬芽」(ますおか亭・東京)

2010年
1月16日(土)
「エリスマン邸 アフタヌーンコンサート」(横浜山手西洋館エリスマン邸・神奈川)

2011年
1月9日(日)
「パラミタコンサート 箏とヴァイオリンによる新春の響き」(パラミタ・ミュージアム・三重県)

2019年
3月23日(土)
「春の海~箏とヴァイオリンによるコンサート~」(横浜山手西洋館イギリス館・神奈川)
8月
任意団体を立ち上げる。

2020年
9月27日(日)
「情熱と躍動~スペインに魅せられた作曲家たち~」(ルーテル市ヶ谷・東京)

2021年
10月19日(月)
「バロックと室内楽の愉しみ~マドリードの夜警隊の行進~」(近江楽堂・東京)
11月14日(日)
「ピアノ・ヴァイオリン・チェロによるクラシック音楽の愉しみ」(わたなべ音楽堂・東京)
11月29日(月)
「和楽器で奏でる季節のうつろい」(鎌倉芸術館・神奈川)
12月23日(木)
「東への憧憬、魅惑の西~20世紀前半の音楽世界~」(自由学園明日館講堂・東京)




「新しい方角(邦楽)」は日本の伝統音楽の新しい道を探るコラムです。
新しく斬新な試みで邦楽(日本の伝統音楽)の世界に新しい息吹を吹き込んでいる邦楽演奏家の方やその活動などをご紹介し、邦楽の新しい方向性を皆さんと共に模索しています。

「新しい方角(邦楽)」
#コラボレーション

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