<新しい方角(邦楽:日本の伝統音楽)>
生田流箏演奏家 環境省国家プロジェクト外部講師東京都 谷富愛美さん
■箏から追求する新しい伝統音楽のかたち
目次■日時:2014年~現在
■場所:都内を中心としたライブハウス、福島県飯館村、相馬市、海外:フランス、ドイツ、アラブ首長国連邦等
■対象:一般
■活動内容
1.箏の出会いとバンド結成のきっかけ
私が箏と出会ったのは7歳の時です。小学校行事の国際交流会で「さくら」を踊ったのですが、その曲の箏の音色がとても耳に残ったので、それを母に伝えたところ、家に眠っていた箏を取り出して弾いてくれました。間近で聴いた箏の音色に心を揺さぶられた私は「すぐに習いたい」と思い、母が高校時代に箏曲部でお世話になった先生の教室を訪ね、箏を学び始めました。その後も趣味として続けていましたが、次第にもっと本格的に勉強したいと思うようになり、洗足学園音楽大学へ進学、プロフェッショナルな道に進むことを決めました。そして同大学院修了後、バンド結成のきっかけとなる出来事が訪れました。
当時、現在一緒にバンド活動をしているヴォーカリストのMIKIKOが町田市にて開催されていた音楽コンテストに出場しており、鼓奏者と尺八奏者の3名で予選を通過していました。本選へ向けて邦楽奏者を増やす必要があり、先輩方から演奏依頼を受ける形で私も共演することになりました。当初は一夜限りのグループでしたが、審査員特別賞の受賞をきっかけに、2014年正式にバンド「AKARA」を結成して活動することになりました。
バンド名の「AKARA」の語源は仮名五十音の「あ」から始まる事に由来しています。日本の伝統音楽を守りながら『新時代の音楽』を自らの手で創り上げていくスタイルを“J-trad Rock”と称しました。
●J-trad Rock band「AKARA」
https://akara.tokyo
それから現在に至り、メンバーはヴォーカル・篠笛・箏の3名、ライブパフォーマンスではサポートメンバーとしてエレクトリックギター・エレキベース・ドラムスの3名を加えた6人編成で音楽活動を展開しています。
2.活動の目的と目指す音楽
一般の方々にとって日本の伝統音楽の印象は今でも厳格であり、格式が高く、難しそうな印象が根強いと感じます。「初めて和楽器を目にした」「初めて演奏を耳にした」と言われることも多いと思います。私は伝統音楽の普及には,多くの人に(1)聴いてもらう、(2)観てもらう、(3)知ってもらう機会を作ることが何よりも大切だと考えています。
そこで、この音楽の固定概念を一度取り払い、時代の変化に合わせた方法を用いて、古き良き伝統を未来に残していきたいという想いが生まれました。私たちのバンドでは、楽曲は西洋音階を軸として、歌舞伎で用いられる邦楽囃子(*)のフレーズや、古来より伝わる箏曲の手法などを取り入れることにより、和楽器の魅力や可能性を引き出せるようなアプローチを心掛けています。
*)邦楽囃子:歌舞伎の伴奏として発展し文楽や日本舞踊でも使われる。使用される楽器は篠笛、小鼓、大鼓、銅鑼、鐘など。
3.演奏活動
2014年より都内を中心にライブハウスなどでライブパフォーマンスを月に3~4回、遠方では月に1~2回の活動を行ない、また海外の音楽フェスティバルなどにも出演しています。(1)都内ライブハウス
主に“対バン”と呼ばれる複数のバンドやアーティストが出演するイベント形式のライブを主軸とすることにより、初めて和楽器を聴く方でも楽しめるようなパフォーマンスを行なっております。また単独公演では、アコースティック編成に編曲したものや、新たな試みとして「NEO古典」と題した古来より伝わる古典曲をロックアレンジに編曲したものを披露しています。箏(三曲・地歌)や篠笛(邦楽囃子・長唄)には同じ題材から着想を得た曲が複数存在しています、そこで本来は共演することのない楽器や古典曲を融合させて親しみやすい形で表現することにより伝統音楽を身近に感じていただく機会を追求しています。
(2)海外公演
これまでドイツの音楽フェスティバル、フランスの『JAPAN EXPO』やアラブ首長国連邦の展示会『ADIHEX』などで公演を行ないました。当時、海外にも日本の伝統音楽や「J-trad Rock band AKARA」の音楽を届けたいと思い、SNSを通して様々な国の言葉でメッセージを発信していました。そのメッセージがドイツの担当者の目に触れたことでオファーをいただき、渡航してケルン日本文化会館にて単独公演を実施しました。翌日デュッセルドルフで開催されたヨーロッパ最大級の日本フェスティバル「Japan-Tag(NRW日本デー)」ではメインアクトを務め、1万人を超える観客の前でライブを行ないました。
海外で古典曲を披露した際には正直聴いてもらえるか不安でしたが、真剣に聴いてくださり、演奏後に歓声が上がった時はとても感動的でした。演奏に対するリアクションが日本とは異なり驚きましたが、音楽を共有する空気感が新鮮で、音楽は国境を越えるというのを実感しました。このことをきっかけに、もっと多くの方々に日本の伝統音楽を届けたいという気持ちが強くなり、フランスやアラブ首長国連邦をはじめとした海外での活動が始まりました。
(3)環境省国家プロジェクト外部講師としての活動
2017年より環境省のプロジェクトの一環で、「放射線健康管理・健康不安対策事業(放射線の健康影響に係る研究調査事業)」に携わってきました。これは音楽を取り入れた健康不安対策事業で、東日本大震災にて被災した福島県飯舘村にある製作所や公民館を毎月訪問し、音楽を用いた運動教室を開催し、箏の演奏やレクチャーを行なっています。被災地を視察し意見交換や交流をすることで、被災された方々の心に寄り添い、音楽を通して少しでも元気を与えられるように活動しています。ワークショップでは楽器体験やクイズ形式で楽器を学び、誰もが知っている歌謡曲を箏の伴奏に合わせて合唱するなど、参加型で心と身体をリフレッシュできるような内容を企画しました。また飯舘村や南相馬市の音楽ホールなどでチャリティーコンサートを行ない、多くの方々に日本の伝統音楽を楽しんでいただきました。
私は2016年の熊本地震により実家が被災したこともあり、東日本大震災は他人事ではなく、当時の感情を今でも忘れることができません。あの時、私自身が音楽に支えられたこともあり、少しでも多くの方々に笑顔や元気、癒しを与えることができたら嬉しく思います。
4.今後の抱負
たくさんの方々に伝統音楽を届けたい、とはいえ、興味を持ってもらうための手段がただ単に“かっこいい”だけではいけないと思っています。和楽器とロックの融合をテーマとしてバンド活動をする中で、古典を紐解き、日本の伝統音楽を守りながら継承していくことは決して簡単なことではないですが、少しでも多くの方々が和楽器や日本の伝統音楽を身近に感じて興味を抱いていただけるよう、さまざまな角度から魅力を伝えていきたいと思います。(2022年9月27日公開)
「新しい方角(邦楽)」は日本の伝統音楽の新しい道を探るコラムです。
新しく斬新な試みで邦楽(日本の伝統音楽)の世界に新しい息吹を吹き込んでいる邦楽演奏家の方やその活動などをご紹介し、邦楽の新しい方向性を皆さんと共に模索しています。
「新しい方角(邦楽)」
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