活動事例

新しい方角(邦楽) 活動事例

学生邦楽フェスティバル

<新しい方角(邦楽:日本の伝統音楽)>

生田流箏曲 邦楽普及団体「えん」代表
大阪府高槻市在住 伊藤和子さん
学生邦楽フェスティバル
学生邦楽フェスティバル

■活動タイトル:学生邦楽フェスティバル

目次

■活動開始年:1988年12月~現在
■活動場所:大阪府高槻市を中心に京都、和歌山
■対象:子どもから邦楽愛好家、大学の邦楽部、プロ演奏家

■活動内容

1.きっかけ・心構え

若い頃から京都でお箏を習っていましたが、昔からの‘しきたり’にがんじがらめで経済的な負担も多く、一般の方がギターの様に気楽に好きな楽器として習うのにはほど遠いと感じました。そこで心構えを「一般の方が楽しめるように」として下記の3点を目的に活動を始めました。
  1. お箏に接する環境づくりー楽器に触れる、音色を聴く機会の創出
  2. 次世代を担う若者への普及活動
  3. 一流のプロの本物の演奏を聴くことにより、演奏者、聴衆者も共に楽しめる演奏会の開催


2.邦楽普及団体「えん」とは

日本の美しい自然から生まれた日本語、そのイントネーションから美しい和楽器の音色が生れました。その音色を一人でも多くの人に知って欲しいと願い、1988年非営利団体「えん」を設立し、34年間活動を続けています。

この事は私の友人や心のきれいな演奏家達と多くのボランティアや支援してくださる方々に恵まれ、行政関係の方々にも理解してくださったおかげであり、皆様方に感謝の気持ちで一杯です。

「えん」を始めるにあたっては各所との交渉には全くツテを使わず、父の遺言「交渉や困ったときは必ずトップとするように」を通し、また活動費用は自分の力だけで捻出してきました。

「縁」(えん)は佛教の中で大切な言葉です。邦楽普及目的のためにボランティア活動をすることにより、自分も修行をさせていただく。「えん」の文字には、役(の行者)、宴、艶、炎、円、全ての言葉を含みます。


3.具体的な活動

A.子供対象の普及活動

子供達へのお琴の体験は年間計100人ほどになり、草の根活動も40年続けば大樹になります。

①文化庁・伝統文化お箏・三味線体験教室

邦楽の普及発展のためには、次世代を担う子供達や若者への普及が 大切です。その一つとして「えん」を始める前から含め40年間、子供対象の体験教室を開催しています。現在小学2年生から中学2年生までが対象です。

開講当初の生徒募集は自転車に乗って各小学校の校長、教頭先生にコンタクトを取り、チラシを持参し主旨説明して協力を仰いでおりました。

その後、ある年に訪れた小学校の校長先生に「校長会で話してあげます」と提案していただき、高槻市文化スポーツ振興課が全市の小中学校、公民館、図書館へ配布していただいています。また京都エリアでは全市の小中学校に配布される機関誌に掲載しています。



②こども園へのお琴の稽古

高槻市の二カ所で五歳児へのお琴の稽古を月に二回、年に24回開催しています。20年経ち多くの子供達にお箏の音色の美しさ・箏の音色の持つ慈しみを肌で感じてもらいました。

一年間の修了時は「さくらさくら」を歌いながら弾き発表します。未だに全国で定期的にお琴のお稽古をしている所は殆ど無いようです。使用するお琴は「えん」の活動を知った方よりご寄贈いただいたもので私の私物のお琴です。


B.全国学生邦楽フェスティバル

(1)目的

若者の邦楽活性化を目的に、全国の大学邦楽部の現役とOBOGが参加するフェスティバルとして1994年に始め、今年で26回目を迎えました。今年はコロナ禍8月6日(前夜祭&講習会)と7日(若者たちによる邦楽コンサート)の二日間、京都で160人の規模で開催する事ができました。コロナ禍以前は220人から270人の参加者がありました。

また一流のプロによる鑑賞会も開催していました。全国規模の若者のイベントとしては最大のものです。鑑賞会に出演しいただいた演奏家は、山本邦山、中島靖子、青木玲慕、野坂躁寿、西陽子、藤井泰和、藤原道山、池上眞吾、岡村慎太郎、菊央雄司(敬称略)などです。



(2)第26回参加者の大学名(OBOG含む)

〇東北&首都圏(20校)
お茶の水女子大学、慶應義塾大学、國學院大学、上智大学、女子美術大学、専修大学、創価大学、玉川大学、千葉大学、中央大学、東京大学、東京農工大学、東京家政大学、東北大学、日本女子大学、防衛医科大学校、法政大学、武蔵野大学、武蔵野大学、早稲田大学

〇中部圏(9校)
愛知県立大学、岐阜大学、金城学院大学、椙山女学園大学、中京大学、名古屋大学、名古屋市立大学、名城大学、三重大学

〇関西圏(11校)
大阪大学、岡山大学、関西学院大学、京都大学、京都橘大学、近畿大学、同志社大学、同志社女子大学、佛教大学、立命館大学、龍谷大学

(3)開催誕生から現在までの歩み

30年前に、京都の大学邦楽部が衰退していると聞き、学生に呼びかけました。会場は日本で一番大きな酒蔵を移築した愛染倉を使用したく、支配人と交渉し通常は数百万円かかるのを僅か20万円で貸していただきました。第三回目に長浜市からのお誘いで1000万円かけ、初めて全国学生邦楽フェスティバルとして開催することができました。

先ず全国の大学一覧がないので入学案内書の数冊から大学をピックアップしました。当時はまだインターネットやメールも普及していない時代でしたから、手書きで文章を書き1000通の往復はがきを邦楽部へ郵送しお問い合わせしました。返信が来たのはその内の2/3程、後は電話をかけ一年がかりでできたリストは118部でした。現在把握しているのは186部です。

「学生邦楽フェスティバル」の拘りとして、調絃を初め、サポートは一流のプロに協力していただきました。予算が嵩張るので、日本芸術文化振興基金、日本財団、邦楽実演家団体連絡会議、新日鐵文化財団、京都府次世代など古典芸能普及促進公演、ほかに企業600社にあたり、トヨタ自動車、京セラ、関西電力など、大手企業からも助成金をいただいてきました。

それでも予算が足りなく、私の週二回の薬剤師のアルバイトで賄ってきました。今は学フェス実行委員会体制が確立し、OBOGの若手実行委員が増えました。参加申し込み方法をインターネットからできる様になり、また当日の運営は実行委員に任せる事ができ、当初からすると大変楽になりました。

(4)社会貢献

学フェスでは3回目より全国の各大学邦楽部に楽器の寄贈をしてきました。新十七絃を初め、新三味線、新箏、新尺八、中古箏、中古三味線、箏糸、チューナー、 楽譜など換算すれば一千万円を超えていると思います。一番多く寄贈していただいているのは、法然院様と聖護院八ッ橋総本店様からで、他にも楽器店、一般の方々からいただいています。少しでもサポートする事により学生たちの演奏向上にお役に立つことができれば本望です。

C.ぼろぼろ日記

一流のプロによる邦楽コンサートです。会場は箏の音の良さを知ってもらうためにホールではなく、雑音を吸収する畳・障子のある和風家屋で庭のある日本家屋で開催しました。法然院、白沙村荘、二川神社・農村歌舞伎舞台、宝鏡寺、常光院など現在は私の後、娘が継いでいます。



D.紀伊三曲えん遊会

アマチュアからプロまで年齢問わず、どなたでも参加する事ができる会です。会場は和楽器の音色が自然に聴こえる和歌山県の日本家屋で開催します。

これは「えん」の活動を30年間続けてきた結果、生まれた企画で今年で4回目になります。参加者の条件は一つ、純粋に和楽器の音色が好きでたまらない人です。参加費も会場費のみで参加者はプロとセミプロばかりです。


E.制作活動

邦楽器による新曲の普及推進活動の一環として作曲家へ委嘱をし、出版やCD制作(『いにしえ』(1994年製作)『沙羅の花』(1999年製作)もしています。★印は楽譜が大日本家庭音楽会より既刊されています。下記がその一覧です。
  • 『湖北物語』(池上眞吾作曲)★
  • 『よごとぐも』(川崎絵津夫作曲)★
  • 『EN』(藤原道山作曲)★
  • 『三井の晩鐘』(東枝達郎作曲)
  • 『街のおさんぽ』(東枝達郎作曲)
  • 『猫貸しや』(東枝達郎作曲)
  • 『おきな草』(片山旭星作曲)
  • 『懐かしい日本の歌』(東枝達郎編曲)
  • 『古事記』(片山旭星作曲)
  • 『沙羅の花』(池上眞吾作曲)★
  • 『星降る谷間』(池上眞吾作曲2001年)★
  • 『四季彩』(菊重精峰作曲)★
  • 『うつほ』(池上眞吾作曲)★
  • 『山祀 風の舞』(東枝達郎作曲・2009年)
  • 『うずくまる幼芽』(2009年大塚茜作曲)
  • 『ちゅんちゅんすずめ』(池上眞吾作曲)
  • 『そよ風』(2009年池上眞吾作曲)
  • 『ごんべえ狸』(池上眞吾作曲・2015年)
  • 『景』(藤原道山作曲・2015年)★
  • 『小鳥のための練習曲』(野村誠作曲・2016年)


4.課題

(1)日本語の変化

和楽器の音色は日本語との結びつきが非常に強いです。日本の美しい自然から生まれた日本語、その日本語のイントネーシュンから生まれた和楽器は日本で育った人には理屈抜きに受け入れられると思います。

〽限りなく自然な音・・・お琴、三味線、尺八、琵琶、
奏でる音色は心への語り、
言葉が言葉でなかった時代、
音は全ての語り手だった〽

しかし、現代社会日本語そのものが崩れてきているのが根本的な問題だと思います。

(2)社会構造

「邦楽普及」という言葉は私の恩師・北川雅楽能師が活躍していた昭和40年代でも言われ、50年経った今も言われ続けています。何が問題なのか、何故どんどん衰退していくのか。根本の問題は実力より政治力のある方が支配している日本社会そのものだと思っています。

みるみるうちに恐ろしい速度で潰れて行く老舗の邦楽器商や三味線の皮なめしなど、和楽器関連の業者の保存のために国が予算を出しても、洋楽器系の大手楽器商に多く配分され、老舗の邦楽系楽器店はメンテナンスの部分しかなりません。


5.対策

では具体的に今後どう改善して行けば良いか考えると
  1. 一部の若者は師匠に師事せず、今の時代にあったやり方でインターネットやYouTubeを使い技術を学び合奏を楽しんでいます。それも認めた上で、口伝でしか演奏の醍醐味を味わえない古典曲の魅力と面白さも伝えていく
  2. 指導者が大きな視野から世代を担う若者を育てていく気持ちを持つ事
  3. 社会全体がうわべだけでなく、本物と本質を見極める力が必要

6.来年の活動

第27回になる「全国学生邦楽フェスティバル」は初めからするとトータル30回目にあたるので、30周記念イベントとして、大掛かりにしたいと思っています。

参加資格は現行の大学生から28歳までとし、前夜祭のみ年齢問わず学フェスOBOGは参加可能にします。会場は京都の各所で開催し、夢は「京都邦楽フェスティバル」にしたいと思っています。既に有名なプロになっている学フェスOBOG達も賛助出演を申し入れてくださっています。

最後に僭越ですが、私に対して第一線で活躍している演奏家からのお言葉です。

「邦楽を心から愛し、本物を追究され、それを若者をはじめ多くの人たちに伝え続けておられること、その姿勢が全くぶれないこと、それはもう凄いとしか言いようがありません。和子さんのような慧眼を持たれている方は、今、本当にいなくなりました。学フェスは学生のためだけでなく邦楽界への貢献度は計り知れません。」


(2023年1月30日公開)


「新しい方角(邦楽)」は日本の伝統音楽の新しい道を探るコラムです。
新しく斬新な試みで邦楽(日本の伝統音楽)の世界に新しい息吹を吹き込んでいる邦楽演奏家の方やその活動などをご紹介し、邦楽の新しい方向性を皆さんと共に模索しています。

「新しい方角(邦楽)」

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