活動事例

新しい方角(邦楽) 活動事例

古代と現代の両極で

雅楽 笙演奏家 石川 高(いしかわ こう)さん

(筆者photo: lucienne van der mijle)
(筆者photo: lucienne van der mijle)
■活動テーマ:
古代と現代の両極で
■目次:
■活動開始時期:
1990年~現在
■場所:
国内外
■対象:
一般
■活動内容

1.雅楽との出会い

父は書家で、母は小学校の音楽の先生でした。十代の頃、私はヨーロッパの現代音楽をよく聴いていました。
あるとき、父の知人から券を頂いて、宮内庁式部職楽部の雅楽演奏会を聴きにゆきました。それは衝撃的な体験でした。雅楽の響きには、現代の私たちとは違う美意識や時間の理解が息づいていました。千年を越えて伝承されてきたにもかかわらず、私が聴いていたどの音楽よりも新しく、まぶしく、力強く響いていました。
「これだ!」と思い、どこで習えるか調べたところ、銀座みゆき通りに教室があることを知りました。そこで宮田まゆみ先生に出会い、笙の教えを受けました。その後、雅楽を専門に伝承する楽家(がっけ)の芝祐靖(しば すけやす)先生、豊英秋(ぶんの ひであき)先生にも師事し、笙(しょう)と歌謡を教えていただきました。
1990年から、舞台で笙を演奏するようになりました。伶楽舎(れいがくしゃ)に所属し、国立劇場雅楽公演をはじめとし、日本各地の音楽ホールで演奏してきました。個人としても、国内外の様々なアーティストと活動し、アメリカ、カナダ、グアテマラ、メキシコ、イギリス、ドイツ、オーストリア、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガルなど、世界中の音楽フェスティバルに参加してきました。

2.笙について

笙は、自然とも人工的とも思えるような、不思議な響きを発します。まるで電子音響のように聞こえるときもあります。いにしえの人々が、このような響きを好む美意識を持っていたことに、驚きを感じます。この楽器の構造や音色について、こちらの映像を是非ご覧ください。

3.伶楽舎とは

伶楽舎は、2025年に四十周年を迎えます。雅楽古典曲の他に、伝承が途絶えてしまった雅楽古典曲を古譜から再現する試み、正倉院にしか残っていない古代楽器の復元演奏、現代作品の演奏を数多く行ってきました。創設者の芝祐靖(しば すけやす)先生は、2017年に文化勲章を受賞されました。現在は、宮田まゆみ先生が芸術監督です。伶楽舎は、2002年中島健蔵音楽賞特別賞、平成十四年度芸術祭レコード部門優秀賞、平成十五年度芸術祭大賞、サントリー芸術財団第十六回佐治敬三賞、第五十回eneos音楽賞邦楽部門を受賞しています。文化庁の「文化芸術による子供の育成事業」にも参加し、各地の小学校を訪れました。

4.活動内容

(1)奉納演奏

「宮中御神楽儀(きゅうちゅう みかぐら の ぎ)」という秘儀で歌われてきた神楽歌(かぐらうた)を、芝祐靖先生は惜しみなく私たちに教えてくださいました。神楽歌は、千年以上の伝承の歴史を持っています。このお稽古をきっかけに、私は古い神道の思想に魅(ひ)かれるようになりました。折口信夫(*1)や平田篤胤(*2ひらたあつたね)の著作が、深い導きとなりました。2016年には、福岡の志賀海神社にて奉納演奏を行いました。

*1)折口信夫:明治から昭和にかけての民俗学者

*2)平田篤胤:江戸時代後期の国学者

伶楽舎は、仙台の大崎八幡宮で毎年8月12日に斎行される御鎮座祭にて、神楽歌と管絃の演奏を奉納しています。神前での演奏は、言葉には表すことのできない神秘の体験です。

この神楽歌の他にも、雅楽では様々な歌謡が伝承されてきました。以前は門外不出だった儀式の歌謡も、今は誰でも歌うことができます。私は芝祐靖先生が開設された「古代歌謡講座」を受け継ぎ、朝日カルチャーセンター新宿教室で講師をつとめております。平安時代の文学や日記にでてくる歌もたくさんお稽古します。皆様も一緒に歌ってみませんか。

(2)現代作品

伶楽舎の活動以外にも、笙の独奏者として、藤枝守、高橋悠治、一柳慧、julio estrada、大友良英、evan parker、paul schütze、坂本龍一、大森俊之、magnus granberg、antoine beugerといったアーティストのプロジェクトに参加してきました。次に、録音に参加した作品と、演奏会の様子を紹介いたします。

これは、2020年にリリースされた作品です。paul schützeは、ロンドン在住のインスタレーション作家です。この音楽は、ギリシアの海や空の映像、香りと音楽のインスタレーション作品に使われました。paul schützeは電子音響と笙の音を見事にブレンドして、聴いたことのない音響の拡(ひろ)がりを作り上げています。聴いていると、まるで、未知の惑星の風景を眺めているような感覚をおぼえます。

2017年にリリースされた、坂本龍一様のソロアルバムasyncの中の一曲です。2016年の秋、私はjapan societyでの演奏会のために、ニューヨークを訪れました。その折に、坂本龍一様から「あいている時間に私の家に来てください。」と連絡を頂きました。ソロアルバム制作中という記事を雑誌で見ていましたので、その録音ではないかと期待を抱きながら、タクシーに乗ってうかがいました。御自宅に接してスタジオがあり、1970年代のアナログシンセサイザーの数々が、室内に美しくレイアウトしてありました。聴かせていただいた作曲中のトラックには、シンセサイザーとプリペアドピアノ(*3)、詩の朗読の声が入っていました。すぐにdavid sylvianの声であるとわかり、感動で笙が演奏できなくなりそうでした。それで声をミュートしてもらい、シンセサイザーとピアノのトラックを聴きながら録音しました。「この辺りで入って後は好きなように」というお話だけで、即興的に演奏し、録音してゆきます。「テンポはあわせずに、自分の呼吸で自然に演奏してください」と言われました。

*3)プリペアドピアノ:弦と弦の間にクリップやゴムなどを挟むことにより、音程と音色を変化させたピアノのこと

Magnus Granberg: LET PASS MY WEARY GUILTLESS GHOST from Carlos Bustamante on Vimeo.

skogenは、ストックホルム在住のmagnus granbergが率いるアンサンブルです。スウェーデン、イギリスと日本の演奏家から成ります。skogenの音楽は、とても静かに始まり、繊細に、様々に織り成されて、ふと終わります。約一時間に及ぶ作品で、大きな抑揚はなく、半ば偶然に生み出される、微細な音どうしの美しい関係に満ちています。2019年11月に、ドイツのベルリンで開催されたsplitter music festival ii – counterbalance! に招待されました。そのときの模様の映像です。どうぞご覧ください。

「aurora argentea(銀色の夜明け)」は、宝達奈巳(ほうたつ なみ)と私の二人のプロジェクトです。私個人の、最もオリジナルな活動で、笙の他にアナログシンセサイザーなどを使って作曲しています。グラフィックアート作品とcdを組み合わせた独自の作品も発表しています。宝達奈巳は私の妻で、シンガーソングライターとして1990年代から作品を発表し続けてきました。彼女の曲のアーカイブも、このサイトにあります。是非、お聴きください!

5.今後の抱負

演奏活動を続けて三十年以上がたちました。伝統の継承と前衛的な試みは相反するという考え方もあります。しかし、私はこの関係を対立とは考えません。異なるものどうしの隔たりは、強く張られた弓のような緊張を生みます。そして互いを照らしあいます。このことこそが創造には必要だと考えます。とても古い歴史を持つ芸能と、時代の先端に生まれ来る音楽の両極に身を置くことは、私の人生を面白く、生きる意義のある時間にしてくれます。私にとって、笙の演奏は魂の実験であり、精神の未知の領域への旅です。これからも、この旅を続けてゆこうと思います。

(2023年1月24日公開)

「新しい方角(邦楽)」は日本の伝統音楽の新しい道を探るコラムです。
新しく斬新な試みで邦楽(日本の伝統音楽)の世界に新しい息吹を吹き込んでいる邦楽演奏家の方やその活動などをご紹介し、邦楽の新しい方向性を皆さんと共に模索しています。

「新しい方角(邦楽)」

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