活動事例

新しい方角(邦楽) 活動事例

社会と未来に繋がる箏を目指して

(2023年07月26日公開)

流派:沢井箏曲院 箏演奏家 福岡県出身 タイ在住 坪井紀子さん

タイの高校にて
タイの高校にて
■活動テーマ:
社会と未来に繋がる箏を目指して
■目次:
■活動開始時期:
1987年〜現在
■場所:
日本→アメリカ→タイ
■対象:
一般
■活動内容

1.箏を始めたきっかけ

幼少の頃、箏演奏家であった母・坪井光枝の影響で箏を弾(ひ)き始めました。地元での演奏会やお弾き初めなどで皆と合奏するのが楽しく、その後、母の母校の高校で立ち上げた箏曲部の一員として県主催の音楽コンクールに出場したり、老人ホームへ慰問に行ったりと、次第にお箏に関わることが日常の多くの時間を占めるようになっていきました。

高校二年生の頃、当時月に一度博多に来られていた沢井忠夫先生(*1)のレッスンを受け始め、その後内弟子になりました。内弟子時代の4年余りは、国内外を忙しく飛び回る沢井忠夫・一恵先生(沢井夫人)の姿に間近で接しながら学び演奏の機会を与えていただき、演奏家として歩み出すのに必要な基礎を作る贅沢(ぜいたく)で濃い時間でした。師匠からの教えはもちろん、仲間たちとの合奏や、他ジャンルのミュージシャン、アーティストなどとの共演から学ぶことも大きな糧となりました。内弟子という立場ながら自由に活動することを許してくださった先生方には感謝しかありません。

*1)沢井忠夫:1937年生まれの箏演奏家で沢井箏曲院の創設者。箏の可能性を最大に生かした多くの作品を生み出す。また他の音楽ジャンルとの共演も積極的に行った。

2.箏を始めたきっかけ

(1)アメリカでの5年間

内弟子卒業後、沢井箏曲院よりカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)へ派遣され、音楽学部箏クラスを5年間指導しました。学生たちは学期末ごとに開催されるクラスコンサートに向けて練習に励みます。約2か月で1曲を仕上げなくてはならず、それが成績につながるため、キャンパス内に設けた練習室からは常に学生たちが弾(ひ)く箏の音が響いていました。最初の学期は指の練習から始めて「さくらさくら」などの短い曲を仕上げます。複数の学期を続けて履修する学生も多く、更に卒業後も仕事をしながらレッスンに通ってくる生徒もいて、難しい曲を弾(ひ)きこなせるようになっていきました。

授業とは別に学生や卒業生たちとUCSD Koto Ensembleを結成し、地域の学校や病院、ギャラリーなどでの演奏の他、地元の音楽家やお箏の先生とコンサートを企画するなど、大学の外へ箏の音を響かせる活動をしました。

また沢井先生ご夫妻を大学にお招きして一緒に演奏する機会を設けられたことは、学生たちにとってとても良い経験になったと思います。大学が休みになると、同じ時期に沢井箏曲院からアメリカへ派遣された日景晶子さん(ハワイ大学)https://www.onbunso.or.jp/activity/14425/ 、石榑雅代さん(ウェズリアン大学)https://www.onbunso.or.jp/activity/15127/と互いの場所を行き来してコンサートを開催したり、日系アメリカ人主宰の太鼓グループのツアーに参加してアメリカ各地に遠征するなど、自身の演奏活動も積極的に行いました。

(2)タイ バンコクでの活動

2001年アメリカで知り合ったタイ人と結婚しバンコクに居を移しました。言葉・文化・環境が全く違う中、最初の半年ほどは生活に慣れることで精一杯でした。しばらくして国際交流基金バンコク日本文化センターでアルバイトを始めたことで徐々に情報が広がってゆき、レッスンや演奏の依頼が来るようになりました。

①お箏教室

バンコクの主人の実家ではレッスンできるスペースがなかったため出張レッスンを行っていました。午後5時にアルバイトを終え、帰宅ラッシュの中、場所によっては片道2時間以上かけて出稽古に行く毎日です。大変な思いをしてレッスンを続けていても、生徒のほとんどは日本人駐在員家族なので早ければ1〜2年で本帰国してしまいます。少し弾(ひ)けるようになり楽しくなってきたところで本帰国…ということが続き、落ち込んだりもしました。

しかし今では、たとえ短い期間でもご縁があったことに感謝し、「お箏を好きでいてもらえるよう自分にできる精一杯のことをしよう!」と気持ちを切り替えられるようになりました。帰国した生徒の中には、その後もお箏を続けていたり、タイに戻ってきてお稽古を再開したりする人もいることは、とてもうれしく思います。
また、イベントやメディアなどでの露出や、タイ人生徒がタイ語でお箏を紹介するフェイスブックページを作ってくれていることなども影響して、タイ人の生徒も少しずつ増えてきました。年に2回、勉強会を開催し、バンコクで行われるイベントで演奏することもあります。生徒のモチベーションを維持することが、私にとって最大の課題です。

②演奏活動

タイでも、音楽家の他に舞踊家、画家、華道家、書道家、狂言師など様々なアーティストとコラボレーションする機会が持ててうれしいです。

タイ人作曲家や音楽を学んでいる学生が、お箏のために曲を書いてくれることもあります。

また、親日国であるタイでは日本食や日本文化などに興味のある人も多いため、日本をテーマにしたイベントが度々催されます。日本が舞台のテレビドラマで演奏したり、お箏を弾(ひ)く役を演じる俳優たちの指導をする機会もありました。

さらに、タイ王室の方や日本とタイの首相が出席される場での演奏や、国民に親しまれた前国王の追悼コンサートに唯一の外国人演奏家として参加したりなど貴重な経験もさせていただきました。

③タイ社会への貢献

タイに住んでいると、日常的に現地の人々の優しさや心の広さに触れる機会があります。なかでも2011年に東日本大震災が起きた翌日にバンコクのあちこちで支援の募金箱を目にした時は感激しました。その後国籍の異なる音楽仲間たちが集まってチャリティーコンサートを開催するたびに、タイの方々から温かい支援と言葉を頂き本当にうれしかったです。

そのような中で、お箏を弾くことによってタイの人々やタイ社会に貢献ができないかと考え始めたのはごく自然なことでした。幸い在タイ日本大使館やタイの教育機関などを通して高校や大学、日本語学校などでワークショップやデモンストレーションの依頼を受け、タイの子供たちにお箏を紹介する機会を得ています。

また、現在バンコクでお稽古場として使わせてもらっている財団でスラムの子供たちによって結成されたオーケストラを支援するためのチャリティーコンサートを企画したり、地方の学校へピアノを寄贈するプロジェクトのお手伝いなども行っています。

タイに在住させてもらっている感謝の気持ちを演奏や教育を通して形にできるのは私にとっても幸せなことで、これからもずっと続けていくつもりです。

(3)国外での演奏

ラオス、カンボジア、ミャンマー、ベトナムなど、タイ近隣のアジアの国々でも日本文化紹介などを目的とした演奏の機会があり、洋楽器や現地の民族楽器との共演も経験しました。2007年には「沢井箏オーケストラ・アジアツアー」を企画し、バンコク、クアラルンプール、デリーの3都市で4公演を行いました。

またスイス人ピアニストが指揮を取る多国籍バンドのメンバーとして、ローザンヌとバンコクでも演奏しました。

沢井箏曲院で一緒に勉強してきた仲間たちは世界中で活躍しています。日本、アメリカ、オーストラリア、アジア諸国を行き来し、演奏活動を続けています。このようにタイ国外でも演奏の機会に恵まれていることを有り難く思っています。

3.総括

「家にお箏があったから」「母が先生だったから」という理由で始めたお箏ですが、気がつけば私の人生の核となっています。お箏に携わることでこれまでに得られた数々の学び、大切な人たちとの出会い、貴重な経験は、私の人生の豊かな部分を形成しています。もちろん困難や苦しいときもありましたが、それらを乗り越えるための力を与えてくださった先生方、支えてくれる箏仲間や友人たち、そして常に応援し見守ってくれている家族には感謝の気持ちでいっぱいです。

4.抱負

これまではどちらかと言うと自分の演奏により重きを置いた活動を行ってきましたが、年を重ねるにつれ自分が経験し吸収してきたことを次世代につなげていく役割も感じています。ここタイの地で後を継いでくれる指導者が育ってくれればうれしいです。

また、コロナ禍で全てが停滞している時期に、オーストラリア在住の小田村さつきさんフィリピン在住の永井博子さんhttps://www.onbunso.or.jp/activity/15317/、シンガーポール在住の北井佐枝子さんらと「Global Koto Music Network」を立ち上げました。国境を越えて箏曲が広がり続いていくことを願い、ウェブサイトやイベントなどを通じて、世界中の箏奏者、箏曲作曲家の他、箏に興味がある人たちをつなぐネットワークを構築するのが目的です。これから少しずつコンテンツやプロジェクトを増やしていき、一人でも多くの人が箏に関わるきっかけや手助けになればいいと思っています。

(2023年7月26日公開)

「新しい方角(邦楽)」は日本の伝統音楽の新しい道を探るコラムです。
新しく斬新な試みで邦楽(日本の伝統音楽)の世界に新しい息吹を吹き込んでいる邦楽演奏家の方やその活動などをご紹介し、邦楽の新しい方向性を皆さんと共に模索しています。

「新しい方角(邦楽)」

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