活動事例

新しい方角(邦楽) 活動事例

箏・三味線・箏歌 〜ニューヨークと日本の架け橋に〜

<新しい方角(邦楽:日本の伝統音楽)>

山田流箏曲・三味線演奏家
ニューヨーク在住 木村伶香能さん

箏・三味線・箏歌 〜ニューヨークと日本の架け橋に〜

木村伶香能さん
木村伶香能さん
目次

■活動開始年:2000年〜現在(アメリカでは2010年より本格的に活動開始)
東京、京都を中心に帰国リサイタルを継続。
■対象:箏・三味線に関心がある方であればどなたでも

■活動内容

1.渡航したきっかけ

(1)「ワルシャワ秋の音楽祭」に出演

初の海外公演は、2004年にヨーロッパで大変著名なドイツ人演出家・作曲家のハイナー・ゲッぺルス氏(*1)の作品で出演させていただいた「ワルシャワ秋の音楽祭」でした。私は当時、山田流箏曲を主軸としつつ、現代邦楽研究所にて現代の作品も学んでいましたが、同所でのご縁から、古典から前衛的な即興演奏に至るまで幅広くご活躍されてきた義太夫三味線奏者の田中悠美子さんにお声掛けいただき、後任を努めさせていただきました。

この公演は日本で周到に用意してから、そのプレゼンスを保ちつつ海外へ持っていくスタイルではなく、現地の演出家、アーティスト、舞台スタッフとより密接に関わり合い、舞台を創っていくという実践的な力が試されるものでした。

ヨーロッパにおいて数多くの舞台作品を演出されてきたゲッぺルス氏が、邦楽特有の「弾き歌い」を評価してくださった事は、大学を卒業して間もない未熟な私にとって、大変励まされる思いでした。このユニークな体験をきっかけに、海外における邦楽器の活動の可能性を感じ、その道を開拓することに強く関心を抱くようになりました。

(2)アメリカ「Arts at Tenriコンサートシリーズ」に出演~「デュオ夢乃」の結成

2005年、単身ニューヨークへ渡った際、ある方のご厚意によりニューヨークで日本音楽を推進してこられた「Arts at Tenriコンサートシリーズ」をご紹介いただき、翌年、同シリーズにて私のソロコンサートを主催していただきました。そのご縁が繋がり2008年、国際交流基金助成の元、単独でアメリカ3都市(フォートウェイン、ボストン、ニューヨーク)公演ツアーを行い、各都市でご活動されている演奏家の方々とプログラムを組ませていただきました。

このツアーでは、現在「デュオ夢乃」として、また人生の伴侶として活動を共にしているチェリストの玉木光とも出逢い、初共演する機会もいただきました。これを転機に2010年よりアメリカにて本格的な活動を開始しました。邦楽奏者として、日本での学びを継続したく、アメリカ移住後も毎年一時帰国し、東京や京都などでリサイタルを開催しています。

*1)ハイナー・ゲッぺルス:1952年生まれ。ドイツ、フランクフルトを拠点に世界的に活躍する舞台演出家、作曲家。


2.現在の活動内容

現在、山田流箏曲を軸に「箏・三味線・箏歌」の可能性を追求するべく、現代作曲家による新作委嘱初演、またオペラや舞台公演、室内楽のコンサートに出演するなどさまざまな形態で活動しています。各活動が重なり合う部分もありますが、主な6つの活動概要をお伝えしたいと思います。これまでの活動の軌跡については、下記ホームページに詳細をまとめてあります。

●木村伶香能バイオグラフィー
https://jp.yokoreikanokimura.com/about/biography/

① 「デュオ夢乃」~新しい室内楽の開拓

チェリスト玉木光と結成した「デュオ夢乃」の活動は、2009年より正式に開始しました。邦楽とクラシックの伝統に根ざしつつ、一柳慧氏(*2)、ダロン・ハーゲン氏(*3)など日米の第一線で活躍する作曲家の方々に委嘱し、新しい室内楽を開拓しています。

2015年に、ファーストアルバム、マーティン・リーガン氏(*4)による「花鳥風月」組曲をリリース。MSRクラシックス、アルバニーの各レーベルに録音を収録しています。

2019年、デュオ結成10周年記念リサイタルをカーネギーホール(ワイル・リサイタルホール)にて開催し、古典の超絶技巧の粋とも言える「新さらし」、デュオ委嘱作品などで構成するプログラムを披露しました。

2023年、ダロン・ハーゲン氏に5年以上の年月をかけて委嘱した「Heike Quinto(平家5部作)」がクラシックのメジャーレーベル、ナクソスより全世界で発売されます。

●デュオ夢乃ホームページ
https://duoyumeno.com

デュオ夢乃10周年記念リサイタル映像


*2)一柳慧:1933年生まれ。日本を代表する作曲家、ピアニスト。
*3)ダロン・ハーゲン:1961年生まれ。アメリカの作曲家。2014年、米国芸術文学アカデミー賞を受賞。
*4)マーティン・リーガン:1972年生まれ。アメリカの作曲家。邦楽器を用いた新作を多数発表。

② 「ニューヨークの四季 -日本音楽の彩り-」コンサートシリーズ ~古典作品を体系的に紹介

このコンサートシリーズは、2015年秋より、「親密な空間で、箏・三味線の古典作品をお届けしたい」という願いを込めてスタートいたしました。ニューヨークは、全米で最も邦楽が演奏される機会の多い都市ですが、箏曲の古典作品を体系的に紹介していくシリーズは珍しいかもしれません。長く海外に在住するにつれ、自分自身の勉強のためにも、古典に描かれる四季の移ろいに心を寄せ、定期的に古典と古典になりゆく作品を演奏していければと思い立ちました。

古典演奏は当然ながら暗譜が基本で、真摯に取り組めば取り組むほど、多くの時間を要しますし、真の難しさがあります。しかしながら、ニューヨークのような多様な音楽シーンに身を置くからこそ、箏曲の源である作品群を演奏し続けることは、私にとって多くの内省とインスピレーションを得る機会となっています。古語の歌詞を英語で伝える事は、試行錯誤の連続で、歌詞の英訳も試みることもあります。

客層は大変ユニークで、リピーターとして毎回お越しいただく方々、ふらりと立寄られるアメリカ人の方々、また日本の芸道(茶道や武道など)からの興味が転じて、足を運ばれる方などさまざまです。2022年現在、これまでに23回の公演(50作品以上)を継続しています。

●コンサートシリーズ詳細
https://jp.yokoreikanokimura.com/projects/four-seasons-in-ny/

③ 三味線の新しい作品を開拓

私の憧れである中能島欣一先生(*5)は、箏・三味線の名手として大変名高い方でいらっしゃいました。特に三味線の可能性も深く追求された方で、山田流の細棹三味線を用いつつ革新的な作品を遺されています。幸い直弟子でいらっしゃいました恩師の亀山香能先生にそれらの作品をお習いしたことや、現代邦楽研究所にて西潟昭子先生に三味線の新しい作品をご指導いただいたことは、私にとって本当に得難い財産となりました。

現在これらの教えを糧に、アメリカでも折々三味線のための新作に関わらせていただいています。また「デュオ夢乃」としても、三味線との良い委嘱作品が貯まってきましたので、将来的にアルバムとして形にしたく思っています。

伝統音楽デジタルライブラリー 三味線演奏 「盤渉調」


*5)中能島欣一(1904-1984):日本の箏曲家、作曲家。山田流の人間国宝に認定され、現代邦楽の先駆けとなる作品を数多く発表。

④ 箏・三味線×室内楽 ~新たなアンサンブルの形を求めて

欧米諸国では、室内楽が大変盛んです。プロフェッショナルの弦楽四重奏団として活躍する方々も大変多く、箏曲が伝統的に「三曲」合奏を主体に発展してきたように、クラシックの音楽シーンにおいても弦楽四重奏やトリオなどの室内楽が主体となって膨大なレパートリーが育まれてきました。現在のニューヨークでの音楽シーンもその伝統の流れを反映していると言えます。そのため、私自身も、アメリカに移住以来、多くの弦楽四重奏団の方々と共演させていただいていることは、大変幸運と感じています。

工夫次第で、これらのアンサンブルはとても可能性が拡がっていくのを実感しています。2021年秋に、親しい友人で邦人初のグラミー賞最優秀室内楽の受賞ヴァイオリニストである徳永慶子さんの呼びかけで新しい弦楽アンサンブル「INTERWOVEN」(*6)の立ち上げに参加させていただきました。

このアンサンブルは、クラシックの弦楽器(モダン、古楽双方)、日本・中国・韓国の伝統楽器が集い、新しいプログラムを開拓していくアンサンブルです。また音楽活動を通じて、アメリカ社会におけるアジア人の存在感を高めていこうという社会的な視野の広さも併せ持っているグループでもあります。他にも、ニューヨークを拠点に活動を続ける演奏団体にゲスト出演させていただくことも多く、毎回刺激をいただいています。

●INTERWOVENホームページ
https://www.interwovenmusic.org

⑤ 箏、三味線のためのコンチェルト

アメリカでの活動で、最も幸運に感じることの一つはコンチェルトに取り組む機会をたびたびいただくことです。上記の通り、室内楽(主に弦楽四重奏)との共演に加え、これまで何度かオーケストラと共演させていただきました。
オーケストラとの共演と言うと大変華やかな印象があるかもしれませんが、実際には、オーケストラ以前に、小編成の室内楽との共演経験を積んでおくことがいかに大切なことかと感じています。

弦楽との共演は、弓のアクションを感得することが肝心で、「一対一の対話」、「弦楽四重奏との対話」、「オーケストラとの対話」ではそれぞれ段階的に異なります。その上で、技術的な事はもちろんですが、邦楽器ならではの繊細な表現、音色を添えていくのはなかなか難しい事でもあり、楽しみの尽きないものです。

ダロン・ハーゲン氏による「箏コンチェルト:源氏」は私にとってライフワークとも言える、非常に大切な作品で、十三絃箏の初演をさせていただいてから、これまで11回再演してきました。特に2018年に作曲家(とご家族総出!)の立ち会いの元、欧米で大活躍をされている陳美安氏(*6)の指揮によりオーケストラと共演した事は、私のキャリアの中でも格別に思い出深いものとなっています。この作品は、作曲家ご自身からお誘いいただき、近年アルバムリリースを予定しています。


*6)陳美安(Mei-Ann Chen):1973年生まれ。アメリカの指揮者。シカゴ・シンフォニエッタ音楽監督。

⑥ 教育機関での演奏

欧米では、教育機関やパフォーミングアーツ機関によるレジデンシープログラムというシテムがあります。これは、母体となる機関にアーティストが一定期間滞在し、現地の教授陣や学生、時には地元の方々と交流しながら、ワークショップ、新作の創作、公演等を行うインタラクティブなシステムです。

これまでに、イギリスのケンブリッジ大学、アメリカではプリンストン大学、シカゴ大学、ハワイ大学、テキサスA&M大学ほか、多くの機関に呼んでいただいています。作曲コースのレジデンシーでは、作曲家の卵である学生達による新作に取り組むことも多く、親密な交流が何よりも大切で、箏・三味線の持つ特色を詳細に伝えていく必要があります。つまり英語のブラッシュアップが欠かせず、毎回が勉強となっています。

ハワイ大学では、レジデンシー終了後に、「どうしても自分の箏が欲しい!」と、箏を大好きになってくれた学生も居て、日本からの購入をお手伝いしたこともありました。彼は現在も、箏を用いた作曲を続けているそうです。

またアメリカ西海岸のジョシュア・ツリーという砂漠地帯にある、現代作曲家のルー・ハリソン氏(*7)が設計した「ハリソン・ハウス」にレジデンス・アーティストとして滞在した事は、大変思い出深いです。残響の美しい建物でルーさんの肖像に見守られながら、その作品を演奏した事や、元秘書のエヴァ・ソルテス氏から貴重なお話の数々を伺えた事は、作曲家の魂に触れられるような経験となりました。

*7)ルー・ハリソン(1917-2003):アメリカの現代音楽の作曲家。民俗音楽学者。音律の研究家。


3.総括

(1)アメリカでの邦楽の現状と私感

ニューヨークでは私が居住する以前から、プロの箏奏者の方々が異国暮らしの大変な苦労を積まれながら、現地の方々に向けて箏曲の魅力を発信されてきました。古くは宮城道雄先生の直弟子でいらっしゃった衛藤公雄氏(*8)や、山田流の先生もおられたという事を伺っています。

しかしながら、日本のように多彩な芸筋が軒を並べて綿々と活動を担っておられる土壌とは異なり、一個人の活動スタンスが、ニューヨークにおける日本の楽器の印象を大きく左右することもあり得ると感じています。これは気負っている訳ではなく、実際問題の現象でして、プロとして自分を律しつつ、自由な発想で箏・三味線の可能性を拡げていけたらと常に願っています。

先人のご尽力のお陰で、日本人・日系人コミュニティに於ける箏・三味線の認知度は随分と浸透している印象を受けています。これからはアメリカ人社会の中で、古典であれ現代作品であれ、音楽性の高い作品を演奏し続け、その魅力を伝えていければと思います。

(2)課題

海外で演奏活動を続ける上で、最も大きな課題は「楽器のメンテナンス」です。私自身は、日本に定期的に帰国する事でこの問題を解決していますが、現地に信頼する楽器屋さんがいればどんなに有難い事かと思います。机上の空論かもしれませんが、例えば文化庁による文化交流使制度のヴァリエーションのような形で、すでに海外に居住し、日本の文化活動を担っている日本人アーティスト(ある意味、皆さん“永住”文化交流使とも言えます)に対しても何らかの助成制度の機会があれば、望ましいのではと思います。

本国の文化支援の在り方(具体的には文化事業への予算)は、現実問題として海外諸国に於ける日本文化の促進に少なからず影響を与えている事を、多様な人種とその音楽が集まるニューヨークにて感じています。その点、日本は歴史ある豊かな文化を持ちながらも、まだまだその価値への認識が甘いように思われます。そのためにも一個人として、でき得る限りクオリティの高い活動を続けていきたく思っています。

*8)衛藤公雄(1924-2012):生田流箏曲演奏家。宮城道雄に入門。1953年にアメリカへ渡り、全米で活躍。


4.これからの抱負

私は、藝大卒業から渡米に至るまでの最も吸収できる年頃を、日本の邦楽界で過ごし、恩師の先生方をはじめ、先輩方、同年代の演奏仲間に育てていただきました。

その後、アメリカに渡り、才能溢れる素晴らしい音楽家の方々と出逢い、日本ではなかなか経験できない様な舞台を踏ませていただいている事に、大変幸運を感じています。年月が重なるにつれ、日本での経験とアメリカや海外での経験が、自分の中で同じ位の割合になってきました。

これからは双方で学んだ事を活かし、お互いの架け橋になる様な活動ができたらと思います。また一奏者としては、山田流の豊かな爪音を活かし、器楽の技術的な面を追求していくのはもちろんのことながら、箏曲における「うた」も大切に活動していきたいと考えています。

最後に音楽家として常に大切にしている点は、本物の芸術に直に触れる機会を持つということです。情報過多の現代では、即効性のある答え(quick result)を簡単に得る事ができるようになっていますが、「言葉では簡単に言い表せない大切な何か」を、長い年月をかけても自ら一つ一つ気が付いていくということは表現者としてとても大切なことだと思います。

●木村伶香能ホームページ(English)
https://www.yokoreikanokimura.com

●木村伶香能ホームページ(日本語)
https://jp.yokoreikanokimura.com

●木村伶香能YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC1gv4xVdRRwgxNKAd4T2yqA

●伝統音楽音楽デジタルライブラリー(三味線)
https://www.senzoku-online.jp/TMDL/e/02-shamisen.html





「新しい方角(邦楽)」は日本の伝統音楽の新しい道を探るコラムです。
新しく斬新な試みで邦楽(日本の伝統音楽)の世界に新しい息吹を吹き込んでいる邦楽演奏家の方やその活動などをご紹介し、邦楽の新しい方向性を皆さんと共に模索しています。

「新しい方角(邦楽)」
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