琴古流 尺八演奏家 小濱明人さん
- ■活動テーマ:
- 尺八がつなぐ《世界》
- ■目次:
- ■活動開始時期:
- 2001年~現在
- ■場所:
- 日本国内外海外(欧州・北南米・台湾ほか)
- ■対象:
- 一般
- ■活動内容
1.きっかけ
1995年、大学入学と同時に尺八に出会い、大阪の石川利光先生に師事しました。学べば学ぶほど、その魅力に取りつかれ、尺八の‟音”が自分の‟魂”や‟血”につながっていくような感動をおぼえました。高校時代、私は民族音楽に傾倒し世界中の音楽を聴いてきました。最終的にたどり着いた日本音楽・尺八音楽は、私にとって“民族の音を巡る旅”の終着地と言えるのかもしれません。尺八との出会いはその後の私の人生を決定づけ、それまでの生活をすっかり変えてしまいました。
大学卒業後、演奏家を目指して上京し、NHK邦楽技能者育成会に通いました。そこで多くの同世代の邦楽家と出会い、少しずつ演奏家として活動を行えるようになっていきました。現在、東京を中心に国内外で演奏を行っていますが、その活動内容について、以下5つのテーマに絞ってお伝えいたします。
2.具体的な活動
(1)「尺八本曲の探究」と「尺八の源流」
尺八音楽の中で「尺八本曲」は最も大切な曲です。江戸時代に活躍した虚無僧は、経文を唱(とな)える代わりに本曲を吹き修行しました。本曲には、尺八にしか出せない独自の音色・技術・精神性が凝縮されており、正に至極の曲群と言えるでしょう。本曲の多くが独奏曲ということもあり、上京した私は本曲の研鑽(けんさん)に励み、定期的にソロライブを開催するようになりました(2020年までに38回開催)。2018年からは会場をホールに移し、本曲を中心としたリサイタルをスタートさせました(2022年までに5回開催)。
また、虚無僧が托鉢(たくはつ)修行を行ったことに影響を受け、「歩き遍路 四国八十八か所奉納演奏」を敢行(2005)。それは、生まれ育った四国を巡り自己を見つめるためでもありました。「歩き遍路」で得られたすばらしい経験から、以降、虚無僧寺や尺八ゆかりの地を訪ねるようになりました。「尺八の聖地」を巡ることで、本曲が生まれた背景を体感し、曲への理解を深めたかったからです。
さらに、尺八の源流を探るため、「虚無僧尺八」(江戸時代)以前の尺八についても学び始めました。現在、中世の「一節切尺八」、それ以前の「古代尺八」の各研究家に師事し、復曲演奏も行っています。源流を学び、尺八の現在地を見極めることで、未来の尺八音楽を生み出せると思うからです。
(2)創作活動(即興・作曲・現代音楽)
民族音楽から日本音楽にたどりついた者として、即興演奏はとても重要な音楽要素です。活動を開始して以来、事あるごとに即興演奏を行って来ました。2012年には、ドラムスの堀越彰氏とグループ「LOTUS POSITION」を結成。これは、日本の旋律や美意識等を取り込み、新たな日本発の音楽を目指したグループで、自作曲も含め、即興にあふれた音楽を展開しています。2015年にはジャズピアニストの山下洋輔氏と中欧ツアーを行い、CDも作成しました。また、2023年には、台湾のジャズ音楽家とともに新たなCDを発表しました。
Yosuke YAMASHITA & LOTUS POSITION from Jiro KUMAKURA on Vimeo.
一方、未来の尺八音楽を目指し、2020年、現代音楽に特化した新たなグループを結成しました。既に多方面で活躍していた「5人」の尺八家、小濱明人・川村葵山・黒田鈴尊・小湊昭尚・田嶋謙一が結集した「The Shakuhachi 5」です。
これは作曲家とともに未来を作っていく試みでもあり、結成以来、積極的に委嘱初演を行って来ました。今では、5つの尺八五重奏曲が生まれ、レパートリーも計17曲となりました。来年には1stアルバムを発売し、海外での活動も開始します。
(3)海外活動
2012年、私はアジアン・カルチュラル・カウンシルの助成を得てNYに留学します。半年という短い期間でしたが、できるだけ多くのコンサート・演劇・美術館に足を運びました。正に‟駆けずり回って”、自分の目と耳で確かめ、そのすべてを吸収しようとしたのです。NYというエネルギーにあふれた街が、どのように新しい芸術を生み出しているかを知りたかったからです。また、即興音楽という観点からもNYは非常に重要な場所で、Jazzだけでなく多様な即興音楽に触れ、非常に刺激を受けました。
帰国後、自然と海外公演が増えていきました。ところが、公演内容が少しずつ変化していったのです。それまでの海外公演は、出来上がったプログラムを演奏し、そのまま帰ってくるといったものでした。いわゆる日本音楽の紹介を目的とした公演です。しかし帰国後は、現地の音楽家とともに作品を作るという流れに変わっていきました。私自身も驚きましたが、尺八がより有機的に世界と結びつき始めたと感じたのです。以下、その例を3つほどお伝えいたします。
A.台湾
台湾には、2016年から毎年のように通っています。初期は、公演の半分を尺八の伝統曲、半分は自作曲や台湾の曲を、現地の音楽家とともに演奏をしていました。年を重ねるごとに、音楽家で企画者の林長志氏(笛子・尺八・Sax)との対話も深まりに、新たなレパートリーが生まれていきました。共演者も、4~5名のアンサンブルから、Jazz BigBandまでに拡大。尺八・笛子(中国笛)とBigBandによるコンチェルト形式の新曲も増えていきました。日本からドラムの堀越彰氏(LOTUS POSITION)にも参加していただき、プロジェクトは更に豊かなものになっていきます。2023年にはその成果が実り、CD「風動」が完成。国境やジャンルを超えた、他にはない我々だけの作品が生まれたのです。
B.プラハ
チェコ共和国で開催されている、「国際尺八フェスティバル プラハ」(2023年までに14回開催)。2017年より、私は日本側の担当・アドバイザーとなりました。音楽祭に演奏家として出演するだけでなく、日本のゲスト奏者や公演プログラムを調整する、重要な役割を任されることになったのです。この音楽祭は古典だけでなく、尺八の現代音楽が多く演奏される先進的なプログラムが魅力的です。特に、チェコ人作曲家による尺八・邦楽器のための新作品が多数発表されます。私もこの音楽祭で、2曲の尺八協奏曲を初演させていただきました。日本以外で、ここまで多く尺八の新作が生まれている都市はないのではないでしょうか。2025年の音楽祭には、「The Shakuhachi 5」の5人がメインゲストとして参加することになりました。盛り上がること間違いないでしょう。
C.フランス
2018年、音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」(東京)に参加しました。そこで、フランスの「カンティクム・ノーヴム」という古楽器・民族楽器のグループと初共演します。彼らの古楽・地中海音楽と私たちの日本音楽を組み合わせた演目で、シルクロードがテーマでした。東京初演後には、シルクロードの終着地“奈良”の春日大社でも演奏が叶いました。和楽器チームは私の他、二十五絃筝の山本亜美氏と津軽三味線の小山豊氏です。この和楽器3名と、カンティクム・ノーヴム12名との混合チームによる「Shiruku(シルク)」プロジェクト(*)。古楽器・民族楽器・和楽器の多様性と、万華鏡のような音色の重なり・彩りに、共演するたびに深く感動します。
*)「Shiruku(シルク)」プロジェクト: http://www.canticumnovum.fr/shiruku/
カンティクム・ノーヴムの活動拠点であるフランスにも毎年呼んでいただいたり、これまで、計8つの国際音楽祭で演奏させていただきました。また、2022年にはフランスで録音を行い、間もなくアルバムが完成します。2024年にもフランスツアーが決まっており、今後の展開が楽しみです。
(4)CD・アルバム制作
2004年に、即興ソロアルバム『風刻』を完成させてから、自作曲集『波と椿と』『水』、電子音楽との『visions.』(with hajimeinoue)、薩摩琵琶との『ミチノネ』(with 後藤幸浩)、山下洋輔氏との『LOTUS POSITION』そして、古典本曲3部作『寂静光韻』とライブ盤『リサイタル2020』。以上計10枚のアルバムを発表しました。その他、様々なアーチストのアルバムにゲスト参加しています。
既にお気づきかもしれませんが、尺八は非常に多様な音楽を演奏できるのです。今まで挙げただけでも、古典・即興・Jazz・現代音楽・民族音楽・電子音楽、等々。尺八は、日本の根源的な美意識や個性的な音色を持ちながらも、楽器の改良が進んだこともあり、現代的な音楽を演奏できるようになりました。
私が演奏するジャンルも多岐にわたり、上記のように様々な録音作品を生み出してきました。ですが、活動の中で私が一番大切にしているのは、最初に申し上げた通り「本曲」であり、尺八でしかできない表現なのです。
(5)執筆活動
2009年より、学習院大学で非常勤講師として授業「日本の伝統芸能」の「尺八楽」を担当させていただいております。そこでは、尺八音楽に初めて触れる学生のために授業を行わなくてはなりません。複雑な尺八の歴史を明確に伝えるには、自身がより深く歴史を学ぶ必要があり、次第に文献を読むようになっていきました。
2022年に、授業「日本の伝統芸能」のテキストを書籍にまとめるという話を頂き、「尺八楽」の部分を担当することになりました。私にとって初めての執筆活動でしたので、大変苦労しましたが、2023年春に無事、『伝統芸能の教科書』(共著)を出版することができました。
時を同じくして、邦楽専門誌「邦楽ジャーナル」で執筆する話を頂きました。そして、2023年の1月から「尺八の聖地」と題し、これまで私が巡ってきた、尺八ゆかりの地を紹介する連載が始まったのです。こちらも初めての連載でしたので、右も左もわからないままのスタートでした。しかし、先ほどお伝えした通り、尺八の歴史は複雑・不明確で、断定できないところが多いのです。執筆するには新たに勉強をし直し、さらに、その土地の関係者にお話を伺うことが必要でした。そうすることで、今まで一人で巡っただけでは知りえなかった、聖地の現状や新たな情報を得ることができたのです。この連載のおかげで、多くの学び・気づきがあり、大きく成長することができました。
2023年は、執筆という新たな扉が開いた年でしたが、今後もどんな形であれ続けていければと思っています。
3.まとめ(尺八人口と新しい時代)
実は、日本国内の邦楽器人口・尺八人口は、高齢化と少子化で年々減少しています。この状況を打開するために、現在、業界内では様々な取り組みが行われています。私もできるだけの普及活動を行いたいと思っています。
ただ、尺八の人口に関して言えば、海外の愛好家は年々増加しているのです。今では、国外にプロ演奏家も多数生まれ、各地域でヨーロッパ尺八協会(ESS)などの愛好家団体が結成されています。さらに、インターネットが普及し、尺八の音楽は探せばいつでも聴けるようになりました。また、オンラインで結ぶと、どこでもレッスンを行うことができる時代です。尺八の新しい音楽も、国外で次々に生み出されています。以前では考えられなかった、世界的な‟広がり”が生まれているのです。
「3. 海外活動」の項でも触れましたが、現在、海外に赴き「尺八音楽を‟紹介”する」という時代は終わったと感じています。それに代わり、国外の尺八愛好家・プロ奏者・作曲家と協力して、《新たな尺八音楽を一緒に作る》時代が来たのです。そのためには、自分にしかできないことを更に深め、共に世界を創る態勢を整えることが必要です。具体的には、《尺八への愛》と《演奏力》はもちろん、《コミュニケーション能力》、そして尺八の歴史を正しく伝えることができる《知識》と、それを言葉にできる《文章力》も大切だと感じています。
4.これから
私の先生、石川利光先生の師、横山勝也先生が「尺八音楽の世界への普及」を願って開催した「第1回 国際尺八音楽祭」(1994年/岡山美星町)から30年。横山先生と多くの先生方のおかげで、今では世界中に尺八愛好家・プロ演奏家が数多く誕生しています。何て面白く、わくわくする世界でしょう。
私も、より積極的に世界の尺八家と交わることが大切だと感じています。これからは、各地域(点)で発展してきた「世界の拠点」を結ぶこと。そして点→線→面の交流を深め、立体的で豊かな尺八世界を目指して、さらなる活動を行っていこうと思います。2024年には、NY・プラハ・フランスを巡る予定です。
「《世界》の民族音楽」が好きだった私がたどり着いた、日本音楽・尺八音楽。その先には「尺八がつなぐ《世界》」があったことに心がふるえます。今後も、尺八との出会いに感謝し、よりダイナミックに活動を行っていこうと思います。
(2023年10月16日公開)
「新しい方角(邦楽)」は日本の伝統音楽の新しい道を探るコラムです。新しく斬新な試みで邦楽(日本の伝統音楽)の世界に新しい息吹を吹き込んでいる邦楽演奏家の方やその活動などをご紹介し、邦楽の新しい方向性を皆さんと共に模索しています。
「新しい方角(邦楽)」