活動事例

新しい方角(邦楽) 活動事例

篳篥の多彩な魅力を紹介したい

(2023年12月26日公開)

篳篥(ひちりき)演奏家 愛知県 中村仁美さん

篳篥奏者 中村仁美{photo by Jin Suzuki}
篳篥奏者 中村仁美(photo by Jin Suzuki)
■活動テーマ:
篳篥の多彩な魅力を紹介したい
■目次:
■活動開始時期:
1986年~現在
■場所:
東京中心に国内外
■対象:
一般
■活動内容

1.雅楽との出会い

名古屋市の菊里高校では音楽科でピアノを専攻していましたが、先生からの勧めもあり、楽理科入学を目指す中で、民族音楽学者の小泉文夫先生の著書を読み、インドネシアのガムラン、インド音楽、雅楽など聴いたことのない音楽に興味を持つようになりました。

東京藝術大学楽理科入学後は、授業で雅楽やガムランを履修し、副科では長唄三味線、長唄囃子の笛、能管(能で用いられる横笛)なども取りました。雅楽を教えてくださった雅楽演奏家・作曲家の芝祐靖先生の奏でる笛の音色は本当に素晴らしく、また練習をさぼりがちな私達にも熱心にご指導くださり、学生たちも学内の演奏会で舞楽(雅楽の伴奏で舞う舞)や御神楽(宮中で演じられる歌舞)、芝先生の作品に挑戦したり、雅楽合宿を企画したり未熟ながら皆で試行錯誤しながら色々試みました。今思い出しても、楽しくエネルギーがあったなと思います。

大学3年生のときには宮内庁楽部の大窪永夫先生をご紹介いただき、間近で聴く迫力ある音に圧倒されて、こんな音が出せるようになりたいと練習に励むようになりました。学生時代は、ジャワガムランや、沖縄民謡、祭りの音楽の調査などにも熱心に取り組んでいましたが、芝先生からの誘いもあって、雅楽演奏団体「伶楽舎(れいがくしゃ)」メンバーとなり、雅楽を自分の音楽の中心とすることになりました。

2.具体的な活動

(1)雅楽とは

越天楽で有名な雅楽は朝鮮半島や中国大陸から入ってきた外来音楽が、平安中期頃までに日本に合う形に整えられて、その後千年以上伝えられてきた音楽と舞です。御神楽(みかぐら)など日本古来の歌や舞、平安貴族が歌った催馬楽(さいばら)や朗詠(ろうえい)などの歌も含みます。宮中や寺社の儀式で演奏されるだけでなく、今ではホールでの演奏会等でも聞くことができます。

雅楽奏者はまず管楽器である篳篥(ダブルリードの縦笛)、横笛(龍笛、高麗笛など)、笙(和音を奏するマウスオルガン)のいずれかを専門に習いますが、その他に打もの、弾きもの、舞、歌も学びます。私は篳篥を吹くことが多いですが、鞨鼓(かっこ)・太鼓・鉦鼓(しょうこ)などを打ったり、箏や和琴を弾いたり、左舞や御神楽の舞を舞ったり、朗詠や催馬楽などを歌ったりもします。いろいろ実践することで全体像が把握しながら演奏する楽しさがあります。

雅楽は人間の喜怒哀楽を表現するものではなく、変化に乏しく感じるかもしれませんが、音のポテンシャルが高く、自然や宇宙とつながっていることを実感します。篳篥を人前で吹いていると、聴いている方々のエネルギーが自分の中に流れ込んできて、それを音にして返しているような感覚も覚えます。

(2)篳篥で現代音楽を奏すること

雅楽で用いられる楽器は、千年以上雅楽の中だけで用いられてきた楽器ですが、1970年頃から雅楽器で現代音楽を演奏するようになりました。私も芝祐靖先生の作品や、武満徹作曲「秋庭歌一具」をはじめとする現代作曲家による作品を数多く演奏してきています。

大学院2年生のとき、学内演奏会で篳篥を独奏したいと思い、芝先生に「篳篥ソロの曲がありますか?」と伺ったことがあります。芝先生は「考えておくよ」とお返事を下さり、一週間後「はい!」と楽譜を手渡してくださいました。「篳篥独奏のための”愣“(りょう)」という曲です。篳篥は音域が狭く音色が独特だったからか、ソロ曲が見つからず、芝先生が私のために作曲してくださったのです。

この曲を初演させていただいてから、篳篥の可能性をもっと発掘したいという思いが強くなり、1992年からは篳篥リサイタルを始めました。数年に一度のペースですが、委嘱した作品はその後のレパートリーともなり、CD「ひちりき万華鏡」「胡笳の声」(ALM)に収録しています。

「舞える笛吹娘」(伊左治直作曲)

篳篥は大きな音で雅楽合奏を先導する楽器というイメージがありますが、千年以上前に日本へ渡ってきたばかりのときはもっとエスニックな音だったかもしれません。この楽器の中にはもっと違う音や音楽の記憶が眠っているような気がします。そんな私の思いに答えて、作曲家の方々は篳篥からいろんな音色や奏法を開拓し、思いがけない表情を引き出してくださいます。歌うような感覚で塩梅(ポルタメント奏法)を自在に操り、朗々とした豊かな音も、ごく小さな音量での繊細な表現もでき、おちゃめで面白い音も出せる篳篥。その魅力をもっと紹介していきたいと思っています。

篳篥とバグパイプによる「バグパイプ」(清元栄吉作曲)

(3)篳篥の同属楽器への興味

平安時代まで使われていたという大篳篥(おおひちりき)も職人さんに作ってもらって吹いています。篳篥はシルクロードを通って日本に渡ったと考えられ、今も西アジアの国々ではアンズの木で作った低音の楽器が用いられています。篳篥の音色の可能性を求めるうちに、篳篥のルーツとなる楽器をどうしても吹いてみたくて、トルコのメイという楽器をイスタンブールまで習いに行ったり、アルメニアのドゥドゥクを買い求めて吹いてみたりもしています。これらのあんずの木でつくられた大型篳篥のもつ、雅楽にはない静かな抒情(じょじょう)的な表現に惹(ひ)かれています。

胡人、酒を飲みて<ドゥドゥク、竽>

(4)小ユニットの活動

雅楽は笙・篳篥・龍笛の3人だけでも演奏できるので、いろいろな方と組んで活動してきました。2014年からは「雅楽三昧中村さんち」と称して、中村香奈子さん(笛)、中村華子さん(笙)というたまたま同じ姓を持つ3人で活動しており、「痛快!ねぎぼうずのあさたろう」という飯野和好さんの絵本の読み聞かせ公演では、雅楽器だけでなくいろんな笛や打楽器を取り混ぜて音をつけた作品を、各地の小さなお子さんたちに楽しんでもらっています。その他、お香、書道、ピアノなどとのコラボ演奏も行い、コロナ禍の折には、源氏物語の中にある雅楽の調べをイメージした動画制作もしています。

月はなやかに「源氏物語」を雅楽と奏でて

(5)指導

国立音楽大学では1993年から雅楽実技の授業を受け持っています。学生の中には雅楽演奏者になってくれた学生もいてうれしいことです。沖縄県立芸術大学、国際基督教大学でも実技を教えています。また、2006年よりニューヨークのコロンビア大学にある雅楽アンサンブルの指導もしています。これは中世日本研究所所長のバーバラ・ルーシュ先生の「ニューヨークに定着した雅楽アンサンブルを是非作りたい」という熱意が人々を動かして生まれたものです。笙奏者の宮田まゆみさん、龍笛奏者の笹本武志さんとともに、年に一度ニューヨークに赴いて指導する他、来日して6週間集中レッスンを受ける学生の指導も毎年夏に行っています。

「あなた方は雅楽が日本のものだと思っているかもしれないけれど、雅楽は世界の宝ものなのだから、自分たちだけのものだなんて思わないで。」とルーシュ先生は言います。いまではこのニューヨークの拠点から、龍笛や篳篥で演奏活動する方、雅楽器のための作曲をする方など、雅楽を自分の音楽の重要な柱の一つと捉えて活動される方が何人も出ています。彼らの方が日本人よりフランクに楽器と向き合える気もしています。

また、毎年全国の小中学校で演奏したりワークショップをする機会がありますが、中でも息子の通っていた小学校で子供たちに楽器体験をさせる授業は今年で16年目となっています。1クラス単位で行い、講師は3~4人だけなのですが、保護者の方々が5~6人助っ人(すけっと)に来て、楽器の持ち方を教えてくださるので、子どもたちは笙、篳篥、龍笛、琵琶、箏、鞨鼓を回って、好きな楽器を幾つも触り、音を出すことができる贅沢な授業となっています。聴いたことは忘れても自分で音を出せたうれしさは長く残ります。子どもや先生だけでなく保護者の方々にも、間近に雅楽の音を届けて体験してもらえる時間は、かけがえのないものと感じます。

3.成果

今は若い世代で熱心に雅楽を演奏される方々が、2、30年前よりも増えており頼もしく感じています。雅楽器で新しい音楽づくりに取り組んで活躍されている方々も各所にいらっしゃり、篳篥で現代曲の演奏や即興演奏をされる方も、少しずつ出てきています。また、私が篳篥を始めた頃は、女性で篳篥を吹く方はごく少なかったのですが、今は女性でもしっかりした音で吹く方が沢山いらっしゃいます。仲間が増えることはとてもうれしく、力をもらっています。

今年は篳篥をメインに据えた演奏会を企画していただけたりして、篳篥での現代曲演奏などというニッチで他に誰もやらないような活動でも、長年続ければ、共感し面白がってくださる層が少しずつ広がるのだと実感しています。

4.これからの抱負

篳篥の様々な魅力を、作曲家、共演者などと協同する中で見つけ出し、人々に伝える活動は、自分だからこそできる分野だと思っていますので、ずっと続けていきたいです。また、雅楽を「陳列ケースの中にあるもの」としてではなく、生き生きとした音楽・舞として伝えるにはどうすればよいのか、試行錯誤していきます。雅楽は千年以上の間、時代の波にもまれ、時には伝承を失う危機に瀕(ひん)しながらも、復興や変化を経つつ今に至っています。歴史を学びつつ今何ができるか、何をすべきかを考えたいです。
一方、近年では篳篥蘆舌(リード)材料の生育する大阪府高槻市の鵜殿(うどの)のヨシ(*)原では、人の手を入れなければヨシが生育できない状況があります。篳篥用ヨシだけでなく、楽器や装束などの材料や職人さんについても、何もしなければ今後途絶えてしまう可能性があります。雅楽演奏を持続可能にするためにはどうすればよいか、雅楽に関心のある方々と連携して考えていきたいと思っています。

*ヨシ:河川や湖沼の水際に生えている多年草。葦(アシ)とも言う

(2023年12月26日公開)

「新しい方角(邦楽)」は日本の伝統音楽の新しい道を探るコラムです。
新しく斬新な試みで邦楽(日本の伝統音楽)の世界に新しい息吹を吹き込んでいる邦楽演奏家の方やその活動などをご紹介し、邦楽の新しい方向性を皆さんと共に模索しています。

「新しい方角(邦楽)」

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